Archive for the ‘本と雑誌’ Category

本と雑誌いろいろ

もともと、本と雑誌はそれほど悩まずに購入する方なのだが、ここ数日、ストレスたまってたせいか、なおさら・・
たまに、ご紹介。
まず、これ。 家電批評 増刊 PC批評 2010年 02月号 [雑誌]

↑Windows7をまだ手にしていないので、そのへんを知りたいなと思ったのが手に取ったきっかけだったけど、そもそもノートPCにそそられるタイプなので、CULVのスペックがどのくらいなものなのかとか、今お買い得とされるA4ノートってどのくらいなもんなのかとか、とにかく読むところがいっぱいある。しかし、買うつもりなどなかったのに欲しくなるものが多すぎるのでまずいかも。
そしてこれ。 体脂肪計タニタの社員食堂 ~500kcalのまんぷく定食~

ちょうど、義母のごはん・体調をくずしがちな娘のごはん・だんだん加齢していくわたしたちのごはん、と、ごはんのことを考える機会が増えてきたので、目に付いた。体重計のタニタの社員食堂の、500kcalの定食メニュー集。食堂担当の方からの、素朴なメッセージからはじまり、食堂を利用している人たちの実際の声が巻頭にあって、なんかやる気が出る。最近、ナチュラル系装丁の本はやたらと多いが、傾向としてはそっち。だけど中身は、ナチュラル系Cafeメニューではなくて、もっと実直な「ごはんの献立」で、いい感じ。えのきや、チンゲン菜など、あまりがちな素材をどうするか、ちょっとメモなんかあったりして、実用的かつ、かわいい。
で、海猫ツリーハウス

私はペンギン好きなので歓迎なんだけど、どうして表紙はペンギンなんだろう?と思う。ウミネコのヒナ?と改めて眺めたが、どうみてもペンギンだよね。なんといっても、セリフが南部弁なのが特徴的。青森のコトバというと、津軽弁、そして松山ケンイチのおかげで下北弁が多少知られたと思うが、脚光のあたりにくい南部弁が今ここに。私はこの舞台・八戸出身で、津軽に来てからのほうが長くなってしまったけど、それでも「いが」に「おまえ」をルビが振ってあったりして、感慨を覚えた。いが、ねえ。軽くて重くて、軽い。普遍的なものも感じる。
あと、 マンボウ家の思い出旅行

小学校から中学にかけて、大ファンといってよかった北杜夫。82才で、うちの父と同じ年ということもあり、近年それも親近感を覚えている。ほんとに私が小学校のころとかは、今の東野圭吾とかみたいに、新聞に大きく新刊の広告が出るような作家だった。同時期くらいな作家がどんどん他界する中、まだマンボウをうたっていてくれて、うれしい。内容は、何度も読んだような松本高校時代や冒険?時代の思い出話。なんだけど、中身が云々より、書いて出てることが、うれしい。
はじめて買ってみたこんなの。 日経マネー 2010年 03月号 [雑誌]

「あなたもコレで確定申告名人★」というコトバがぴかっと。それもそうだが、最近、ある仕事でお金にまつわることをあれこれしているので、より一歩近づいてみようという、最近の試みである。生島ヒロシは、こんな世界で活躍しているとは聞いていたけど、写真を久しぶりにみた。確かに裕福そうだ・・
他にもいろいろあるけど、ひとつくらいはWEBの本を・・ XHTML&CSS超高速コーディング術

ついったーで話題になってたのが本屋で売ってたので買ってみた。私は制作をチームで行ったことがない(分業はあるけど)ので、数人以上のコーダーで仕事するときは、こうやってるんだなーとか、この会社ではテンプレートこうしてるんだ、へー、と・・。「牧野工房の場合はこうだ!」ということがきちきちと書いてあって、興味深い。今現在は、コーディングだけ受けることはほとんどないけど、なんかこれからまたコードって大事そうな予感がする。
とりあえず今日は、タニタのお料理本のひと口メモにあったので、余ったえのきは、ゆがいて冷凍することにしよう。

「なりほん」も応援します

応援したいもののひとつに、青森で「こころを耕す」成田本店がある。
青森は、この10年くらい?で、小さいのから大きいのまで、知っている本屋がぱたんぱたんと減っていると思う。
私が青森市に来て20数年、その20数年前新町にあった本屋さんで残ってるのは「成田本店」・略称「なりほん」だけだ。
こうなった背景には古本屋の進出や、町自体の衰退他いろいろあろうが、そのひとつに「amazon」があるのは当然かと・・。
私も「amazon」にはすごくお世話になってるし、頼んでから来るまでの早さは、こんなに早くなくてもいいのにというくらい早く、地元書店は勝負にならない。
余談だけど、ある3冊の本を「amazon」で買ったとき、「いつも来る宅配のお兄ちゃんに3日続けて会うのは、なんだかココロ苦しく避けたいので、時間かかってもいいから一度の配送にしたい」と思ってそう設定したのに、「お客様に少しでも早く届けたいので、予定より早く入荷したこの本は、配送料無料で分割配送します」とメールが来て、勝手に2回に分けて送ってきたことがある。
人間にはココロの機微というのがあるので、その辺は汲んで欲しいもんだ。
それはともかく、私の住む地域のすぐ近くに、「なりほん」が出来たときはすごくうれしかった。
ちょっと雑誌が欲しくても文具が欲しくても、ある程度時間を確保すること覚悟しないといけなかったときに比べて、特に冬、雪の季節は、子供の小さなモノなど買いにいくたびに、ホントにありがたさを実感した。
「amazon」で買う冊数は多いが、それは仕事関係の本が市内ではなかなか手に取れないからで、そこを除けば、雑誌や文庫、文房具など、今でもけっこう優秀な一般ユーザーだとは思う。
近年、この「なりほん」、営業時間がすごく遅くまでになった。夜10時までやってる。
おかげで、晩御飯終わってから急に娘が「ない、ない、なーい!」と騒ぎ出しても、落ち着いて文房具を買いに行く事ができてありがたい。ホント、これには何度助けられたコトか。
が、逆にそこまで無理して長時間営業しないとやってられないくらい、もしかして業績が・・?みたいな不安も無きにしも非ず・・。
悲観するわけじゃなくて、好きだから、なくなんないであそこにあり続けて欲しい・・・
加藤和彦が亡くなった。音楽家をもっとちゃんと応援しようと思った。そして、「なりほん」も応援しよう、なくならないように。
と明確に思っていたわけでもないんだけど(^^;
昨日久しぶりに「なりほん」に、定期的な雑誌の取り置きをお願いした。かつての「SOHOコンピューティング」以来だわ。
最近、発売日に「なりほん」に来ても、よく買いっぱぐれるなあと感じていた「Web Designing」、
「毎月とっておいてほしいんですけど」と言うと、調べたら何とそもそも1冊しか入っていないんだそうで。道理で買えないわけだ・・・
そういうわけで、今月(つまり、地方なので今日)あの「なりほん」に入る1冊の「Web Designing」は、私のものになった。
ふふふ。
出版元の定期購読によって、最近休刊が相次ぐ雑誌の出版社を応援してもいいが、書店で定期取り置きをお願いすると、書店も出版社も応援できて一石二鳥な気分(ほんとかな)。
買えなくなったその人よ、悪く思わず、今回は「戸田書店」とか「TSUTAYA」で買っても、次からあなたもぜひ、「なりほん」で取り置きをお願いしてくださいよ。

「しがみつかない生き方」

「ふつうの幸せ」を手に入れる10のルール という副題がついてる。テレビでよくみる精神科医・香山リカさんの本。
平凡で穏やかに暮らせるふつうの幸せを手に入れるには、どういうふうでいたらいいか、ということを10のルールにまとめた、裏表紙に頼ってまとめると、そんな感じの内容だ。中に、「勝間和代を目指さない」という章があって、これをTwitterで勝間さん自身が紹介してたのが、この本を読んだきっかけのひとつめ(ふたつめは友達が読んでたから)。
どの章でもそうだが、特に「勝間和代を目指さない」あたりを読んでて、自身のこととして浮かんでくるのは、売り上げを上げるために「変わりなさい」「変わるために頑張りなさい」「頑張るために変わりなさい」(?)と常に働きかけられた、某所でインストラクターをしていた時代だ。
これだけが理由じゃないけど諸々耐えきれなくなり、そこを辞めるときの面談で、面談相手が私をうるんだ大きな目で見つめため息をついたのを、私は忘れられない。
今思うに、中途半端に上層といったって、みんな私と同じか少し年下くらいの、ごくフツーにしあわせでいたい女性ばかり。あのときの目には、「私もそうしたい」と、書いてあったんじゃないかな。
他に、「恋愛」や、「自己PR」、「老・病・死」、「仕事」、「子供」など、それぞれに対してどう付き合ったらしあわせか、みたいな感じのことが書いてある。
若者だったころ、私がそんなようなことを悩んでいると、「あなた、自意識過剰だよ」と言われたことがあった(でもよく考えると、悩んでる人にその言い方ってなんかひどいな)。
悩むのは糧になることも多いし、悪くないけど、自分が追い込まれるほどに悩む意味があることって、実はそんなにないんだってことが、年を重ねるごとにだんだんわかってきて、それとともに自分はラクになっていく気がする。
それを、年を重ねる前からわかってたら、もうちょっと効率よかったんじゃ・・・とも思える。だから、どうも悩みがち・常に深刻な雰囲気を持ってるヒトなんかが、なにげなくこの本を読めたら、いいのかもしれない。
いまだ「Twitterであのヒトをフォローしたけど、されないと思ってたのにフォローされちゃったどうしよう」みたいな、どうしようもないしどうでもいいことを、悩んじゃったりするけど・・
そういう、どうしようもないことを悩む自分を遠目でちょっと楽しむような、そういうふうでいるっていうのが、結構しあわせっぽいのかも?

ゲームと子ども

「ネトゲ廃人」という本を少し前に読んで、4年前に話題になった「子どもが壊れる家」も続けて読んでみた。
「子どもが壊れる家」は発売当初から賛否が分かれて話題になって記憶があった。あらためてみると、Amazonの書評は結構散々な言われようだ。
それは置いとき・・
今ではかなり前の事件になった神戸の「酒鬼薔薇聖斗」の事件を中心に、他の子どもが起こした、理解しがたい殺人事件をとりあげて、親の過干渉あるいはゲームと殺人の関連を書いている本。
当時話題になった「ゲーム脳」という、ゲームばっかりやってると脳の働きがおかしくなるよ的な話をベースにした検証部分なんかもある。
うちの子がちょうど毎日、ゲームざんまいだった時期なので、心から心配して話し合い、見守ったものだ。「ゲーム脳」がどうなったかわかんないけど、その時期たくさん話しあったおかげで今に良い影響があったのは確か。
でその後、5年近く経ってきたわけだけど、世の中の状況はその線を進み続けているのが、なんとも・・という気持ちになる。
違うのは、そのときセンセーショナルだったようなことに、今では慣れが生じていることぐらいで、悪い状態に変わりない。
さらに、この本が問題にしたことにプラスして、景気低迷による貧困まで子どもたちに降りかかっているので、問題が深化しているのは確実なはずなのだが、ゲームに加えて「インターネット」をめぐる問題も加わり、ますます評論が追いつけてない感じの今日この頃・・
「ネトゲ廃人」は、ネットゲームにはまって様々な状態に陥った人たちへのインタビューが三分の一、残りは、韓国におけるネットゲームの現状などの分析。
まっ赤な装丁で、「中二病」(こっちも読んだけど、あるある程度で感想は特に)と並んで売っていてちょっとためらったが、オンラインゲームと、それをやってる人について、いろいろ知ることができた。私みたいにゲームそのものに無知な人にちょうどいいのかもしれない。
この本に登場する人々の年齢層はさまざまだから、5年前に「ゲーム脳」がどうこう問題にされた子どもたちが育って「ネトゲ廃人」世代になったとは言えないが、5年前に話題になった問題はそのまま深まり、広がり、息をひそめつつ拡散して、こういう状態に連続している感じは否めない。
問題の根元は、いっしょな気がする。
なんでこれらの本を続けて読んだかというと、ゲームにはまってまわりが難渋している子ども(といっても20過ぎ)が、わりと近い関係にいるからである(うちの子ではないよ)。
難渋していると訴えるのは彼の「まわり」なんだけど、ほんとは、本人が一番困った状態にあること、おそらく本人が自覚してない。それは、「ゲームの真っただ中にいるから」に尽きる。
家は遠いので彼のことはそんなには知らないが、あかんぼのころから年に数度ずつ会ってきた彼が、そのルートに入っちゃったのはなんでなのか知りたいし、できれば何とかならないものか探したい。
まったく、ニンゲン、自分らが生み出したものに翻弄され続けて数十年って感じで、なんだか大変だなあ・・・

「お金は銀行に預けるな」

サブタイトル:金融リテラシーの基本と実践。
「断る力」に続いて、勝間和代の一冊。ちょうど今、金融関係のニュースに触れる&触れなきゃならない機会が多くて、自分のモノ知らず加減に嫌気がさしていたとこだった。
それが何故なのか、勝間和代が箇条書きで教えてくれる。
・学校教育および家庭内教育で金融リテラシーが軽視されてきた。
・社会人になると長時間労働で忙しく、金融リテラシーを磨く暇がない。
なるほど、その通り!
「お金に関する話題は下品」的に、私が小さい頃のうちでは、家庭内のお金のことすら子供には不透明だった。「株」や「投資信託」をやってると、きいただけで怪しいヤツとまゆをひそめるような親たちだった・・。
読み進めるうちに、へー!とか、あ~そうかも~・・とか、いろんな感想をかみしめつつ、え、じゃあ、どうすればいいの?と思うと、勝間先生はそんなこちらを見透かしたように、
「でも大丈夫です」的に、話を次へ勧めてくれる。ありがたや。
それに、今まさにうちは、住宅ローンをずぅぅっと払い続けているわけだが、それがどういう仕組みで成り立っているのかがわかった。これまで家はただの「買い物」だったが、実は「不動産」という金融商品なのだ。そっかー。
そんな仕組みで銀行は、儲かるようにもう、仕組みを作っているんだね。そして、定期預金のお金は、銀行にただ置いてるんじゃないんだ!(気付かなかった)
ううむ、このまま行ってなるものか・・、みたいな気持ちが芽生えてくる本。
思ったよりずっと読みやすく、つい「私のはどうなってるっけ・・・」と確かめてみたくなるので、これを機会にいろいろ確かめてみたいと思う。
「私たちは働きすぎているから自由時間が少なく、子育ても金融を勉強する暇もなく、金融の勉強をしないから」その術がわからなくて「ますます働かなくてはならないという悪循環に陥って」いるのか!
そりゃあ大変だ・・・。なんとかしなくちゃ。
いやあ、うちの子、やっぱ経済学部に・・・。

「仕事するのにオフィスはいらない」

サブタイトル:ノマドワーキングのすすめ。
たまっていた読みたい本の中で、軽いものを電車の中で読もうと持っていった。そのうちのひとつ。
「レッツノート」に続いて、まあ、モバイルの人がどんなことしてるのか、ぱらぱらめくったら書いていそうだったので購入した本。
「ノマド」とは遊牧民のことだが、家でもオフィスでもなく、第3の場所を常に持ちながら働いている状態のことを、ノマドウォーキング、と呼んでいるようだ。
一番ぱっとイメージできるのは、モバイラーのSOHOだけど、別に組織に属しているかどうかは関係ないみたい。会社員でも、そういう働くスタイルならそう。
この間知り合いと話してて、そちらは別に、家でずーっとじーっとしてても平気らしいけど、私は結構出て歩きたい方なので、個々の傾向もあるんだろうな。一番支障がないやり方をすればいい。出たい私には、刺激になった。
全体に面白かったが、特に「クラウド」をいかに便利に使うかって話は、興味深かった。
私はWebの仕事をしてるわりには、比較的古風だと思う。クラウドコンピューティングってやつは、なんとなく信用できないというか。例えば、音がどっかから常にダウンロードできるとしても、手元にCDを持っていたい、みたいなタイプで。Gmailも、なんとなく使ってこなかった。あっちもこっちもメールソフトいれちゃえばいいじゃん、みたいな。
でもそういうのじゃなくて、クラウド前提で作られたものには、それゆえに優れている「連携」というベースがあることを知った。なるほどだ。
記述がすごく具体的なので、すぐにでもやってみたくなる。

「仕事ができる人はなぜレッツノートを使っているのか?」

忙しい数ヶ月の間にいろいろ買いためてた中の1冊、表題の本を読んだ。
私はちょっと前、はじめてモバイルノートPCを買ったモバイル初心者で、おかげでかなり自由にはなったものの、もうひとつ自由になりたいというか、持った甲斐があったらいいなと思ってて。
そのポイントはやっぱり、普段に近い環境をいかに持ち出せるか、ということ。
モバイルノートと家のディスクトップが、それぞれの分断した役割しか果たしてなくて、いざ、モバイルで家の仕事を持ち出さなくちゃ、となったときには環境を作るがちょっとめんどくさい。その面倒さが、自由度を目減りさせている気がしてた。
そんなわけで、モバイル生活の長い著者が、どんなふうにモバイルPCを活用しているのか、ということを、かなりいろんな面から、くまなく披露してくれた感じのこの本のおかげで、「あ~・・・そういうのがあるんだ~」の連続でした。
残念なのは、ウチの今メインになってるディスクトップがWindowsXPHomeEditionで・・。ノートはVistaBusinessだから、かたっぽは試せるけど、片手落ち・・的な便利機能の側面がわかってきた。ディスクトップ、Vistaにしようかな。でも、ここまでXPできたら、Windows7を待とうか。
モバイル初心者にとっては、助かる本。レッツノート使ってない人でもだいじょうぶ。

「断る力」

前は技術的な書籍ばかりに目がいっていたので、ビジネス書の類は、1年くらい前までは全然読まなかったのだけれど、読み始めて、いろいろ面白いコトが多い。
大学時代、岩波新書とか講談社現代新書読んでいたのと同じ感覚だ。まったく書き手は、いっぱいいるもんだ。
ほんとは、やってみなけりゃやり方もわからないことが、そういう本は、ひもとき加減がとても親切。そこが、「専門書」ではなく、ビジネス書、というジャンルなんだろうな。
最近、仕事がほんとに忙しくなってきて、ありがたい。
だけど、「忙しいこと」がありがたいからといって、それに流されるままにいってしまったら、自分の大事なとこをすり減らしてしまう予感がしてきた。
という中で、勝間和代「断る力」を読み進んでいるが、いつも細切れで、なかなか読み進まない。
文体のせいもあるかもしれない。読みにくくないはずなんだけど、なんかこう、硬い。よくも悪くも、この人の性質そのままが流れている感じで、かちかちとしている。
言いたいことはわかるし、あーそういうこともあるかも、と思う。この人はこうやって、成功してきたのだということが、すごくわかる。
でも、世の中、こんなに硬質なものじゃないんじゃないかな。
「生産性をあげる」「成長する」
あなたはそれを、何のために?
・・・などと思いつつ帯の、気の強そうな著者のお顔をしみじみと見たり。
そんなこと問われても、ビジネス書の立つ瀬がないだろうけど。だって、ビジネス書における「成功」は、そういう「成功」なんだから。
でも、今私が望んでいるコトとは、ちょっと違うような気がする。
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ここから後日の更新。
「生産性をあげる。それは、何のために?」
と問うてみたのだけれど、あれからまた考えて、分かった気がした(ばか)。
生産性をあげるのは、もっといろんな人の役に立つためだ。
硬質なのは文章だけだね。
仕事は、基本的に「役に立ってお金をもらう」ものだから、「もっと役に立ってお金をもらう」には、生産性をあげるのが正しい。
その、達成のためにネックになっているところは、自分でみつけていってよい環境をつくるのはまっとうなことだ。
そこには当然、リスクの負い合いがあり、摩擦は生じる。
でも、絶対、次に進むためには必要なことだ。仕方ない。
私のことを頼りにしてくれるお客様がいて、自分がもっと力をつけてできることを増やしたらもっと喜んでもらえる→報酬になる→仕事として成立する。
そして、若いころとは当然、「力のつけどころが違ってきている」今、どこをがんばっていくか、ちゃんと見る時間も必要だ。
がんばる。
偶然か必然か、私の現実とシンクロした部分があったのて、今こそ断る力、発揮(w
実はこの本を読むまで「勝間和代さん」を知らなかった。テレビでも。
この間、娘の高校の何かにこの名が載ってて、娘は「あの人よ、ほら、あの人!」と、表紙の断るポーズを決めてました。
もっとなんか読んでみよう。

「分身」

東野圭吾が続く・・それにしても、いつも書店で一番目立つ場所に、ばーんと並べられてて、売れっ子ですね。
「分身」。
ある程度ミステリー要素もある小説という感じ。途中から、「きっとこうなんじゃない?」というのがだんだんわかってくる。で、それを、主人公たちがどうやって受け入れていって、明日につなげていくのか(断ち切られはしないだろうという前向きな雰囲気があるので)が気になって、あっという間に読み進める。
モチーフになっているレモンが、なんとなくいい。がりりとかじるレモンなんて、智恵子を正気に戻した一節が浮かんで、そのビジュアルも綺麗で。主人公たちの清廉さというか、そのへんが際立つアイテム。
ちょうど娘が、理系が文系かの進路選択第一弾みたいな時期で、どうも世の中の人間をその2つに分類しがちな今日この頃なのだが、東野圭吾は理系の成功例って感じだ。
理系の学問を修めて、それが随所に昇華された文章を書き、こうして人々の手元に届ける。素晴らしい。やっぱり世の中は理系か(^^;

「時生」

東野圭吾が続く。まだ続きそう。
ひとことで言うと、いい話だった。トキオくんの瑞々しい感じが、後半、泣けた。
(本について書く時は、そういえば、これから読む人もいるんだから、あんまり書いちゃダメだねと最近気づいたので、展開は書かないように、今からは心がける)
ドロドロも、ベタベタもしてなくて、安っぽくもない。
起こっている事態としてはリアルではないのに、ちゃんとリアルで、手ごたえが残る。
「普遍」とか「命」とか、形がなくてなかなか表せない価値や意義を、過去から現代までいろんなアーティストがいろんな手段で表そうとしているけど、どんな衝撃的な表現よりも結局は、ちゃんと生きた物語を描いて見せるのが一番伝わったり、心に残ったりするんじゃないかね。と、思った。
本筋とは直接関係ないけど、「パソコンが普及する。携帯電話で誰もがネットするようになる。」そういうことが、「夢」として語られた時代を、主人公といっしょに再び見ながら読み進めたのも楽しかった。
沢田研二がギラギラしながら、TOKIOを歌ってたあの頃、コドモの私が感じてた世界を思い出した。