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東京・横浜へ旅行に(1)

元「たま」の柳原陽一郎、今年はデビュー20周年ということで、1月から5回連続、これまでの全曲歌うライブがある。
その1回目は1月9日。私にしてはちょっと頑張ってネットで取得した。2枚。
親の聴くものは何でも聴かせてきて、だんだん自分のアンテナもはりつつある娘だが、そんな彼女、「たま」も結構お気に入り。
もうないかもしれない、たま時代のやなちゃんの歌を聴くチャンス。
ということで、やなちゃんライブをきっかけに、娘と2人の2泊3日の旅行が成立した。
ライブハウスの場所は下北沢(下北沢440)なのだけど、駅と近くて不安のない高円寺のホテルをとってあったので、東京についたらまっすぐ吉祥寺方向へ。吉祥寺はなんとなく3回目になるので、だんだんわかってきた。そういう場所があるのって、なんかちがうもんだ。
吉祥寺から、娘もぜひ連れていきたかった、西荻窪の雑貨屋さん「ニヒル牛」に寄った。前とは違ってお客さんが楽しそうにお話してて、お店はますますあったか、ほかほか。
下北沢についたのは17時過ぎだった。いつもどうなのかわからないのだけど、若者がたくさんいた。連休で人が多かったのかな?。がやがやがやがや。混沌としていて、みんな声が大きくざわざわ。
ライブハウスをみつけたので、ライブ前にゴハンを食べる。お昼はちょっと探したが、今回はお腹を満たす目的で何も迷わずココイチで。
その後ライブハウスに戻ってしばらく待った。お店の人は何度も出てきて、番号順に並ぶことなどを、結構神経質に訴える。予想より立ち見が出たのかしら。順番はそれほどよくない。席も無理せず、中頃に座る。
やなちゃんは、前回同様、最初はわりと堅苦しい。きれいな敬語で大人のあいさつ。曲が進むに連れて、だんだんほぐれてきた感じだった。セットリストは他にまかせるとして、私が聞きたかった「満月ブギ」が2曲目。うれしい。聴き慣れたベースラインが奏でられたときは、娘に喜びの視線を送った。
全曲ライブの最初期という貴重な回だし、私はやなちゃんのライブ自体2回目なので、どれも全部が素晴らしかったんだけど、他の人のレポもちょっと見たところやっぱり素晴らしかったみたいで、ほっとした。
前に行ったのはもっとジャズセッション寄りで、アレンジもそういう雰囲気だったが、今回は、「たま」をちゃんと基板に置いて演奏もコーラスもしてくれていて、そこも、私みたいなファンにはうれしかった。ギターは、かなり華やかな色合いだったけど、それはそれですてき。
あ、「お経」は、もともとジャズだったんだなあという気がした。なんかすごい曲。
それから、パーカッションの外山さんの、カウベルを片手で持って、それを片手の指ではじいて16ビートを刻む姿に驚愕。同時に右手は自由に動き、さらにコーラスもおまかせ。あの姿勢でいったい、あの繊細でシャープな音がどうやって生まれるのか・・。どうなってるんだろうか、外山さんて。なんかすごい。
「夜のどん帳」は、前に行った「真夏の大人類」で一節きいただけで鳥肌たつくらいうれしかったのが、今回はフルコーラス!ご本人にとってはどうなのかわからないけど、きらきらしていて、やっぱり好きだ。宮沢賢治か、すごく納得した。広がる世界が確かにそんな感じ。
あと、やなちゃんは、「自転車」を「忘れたい曲」として別アレンジで演奏していたが、私はあれ、意外と好きですよ。なんとなく沈んだ仕事帰りとかにあれを聞くと、はっちゃけた何かが森へ行こうよと呼んでるようで。マンドリンも美しいしね。
という感じで、大満足。全部、うれしかった。
しばらく待っていればたぶん、やなちゃんやメンバーが出てきてくれるんだろうなと思ったけど、あえて待たず、近くのコンビニに立ち寄る。
そして、その帰りにもう一度、440の前に行ってみたら、みんなが残っている人たちと、にこにこお話をしていた。
大人になってからも、音楽を通じて波長の合う人達と新しい人間関係を築き、それを通じてまた新しい音楽を紡ぎ出していく、希望のようなおじさん4人。
ガラス張りで、暖かい光に満たされたライブハウスは、マッチ売りの少女的に中があたたかく幸福に見えて、私もそのままの気分でホテルへと帰った。
5回全部行くと、ヤナマイルがたまってなにやらいいことがあるそうで、ぜひ達成したいが全く無理。また次の、夢みたいな夜に期待しておく。

9月13日その2「空間実験室2008」

夕方の目的地は「空間実験室」なのだけれど、去年は全然行かなかったし、今年は場所を調べるのも忘れていた。
前からブログで拝見していたたくさんの毛糸小物が、そこでついに売られるというので、楽しみに向かう。
とりあえず行ってみれば、例え移転してたとしても、張り紙くらいはあるだろうと、着いたら見慣れた人影が路上に。よかった・・
「空間実験室」 。http://artizan.fromc.jp/spacelab/
私が知ってる場所のちょうど向かい側に、それはできていた。
内装自体が毎度、素敵なのだけれど、まず奥に事務所の見えるステップフロアが目をひいた。私、10数年前に家を建てるときに、これをやりたかったんだよね。何かの住宅雑誌をみてて。
天井がちょっと 低めでも、中央に吹き抜けていれば、1.5階ずつステップさせて楽しい部屋構成ができるんじゃないかと。今思うと、掃除がキツそうだけどね。
まず、上階の展示をみる。
ひとつはポラロイド写真展。奥は、なんだろ、あれはリボンがテーマだったんだろうか、布やビーズや絵を使った作品が並んでいた。
全部の作品をひとつずつ見て、そりゃ、それも興味深かったけど、それ以上に、作者らしい女の子たちがかわいかった(^^;
最近、ああいうかわいい女の子たちが「一生懸命何かを仕上げた」というのが伝わってくると、それだけで、諸手をあげてホメてしまいたくなるような年頃です(汗)
階下に戻って建物の入り口そばの壁には、目的の毛糸モノが並んでいた。
軽い糸で編まれた春夏もの。これから必要になるふわふわの秋冬もの。きらきらが編みこまれたかわいいケープとか、昔ながらのモチーフをつけた、色違いの帽子。私の友達に、目を引くような毛糸の帽子がとてもよく似合ってる人がいて、その人が被ったら、その人が身につけたら、きっとこうかな、ああかな、とか想像しつつ・・あれこれ説明してもらった。
中に、最初から目がいっていた、紫系の織り糸でできた変わった編地の帽子があって、早速かぶってみる。似合うとかいってもらっちゃうと、テンパッておかしなことを口走るので怖くなりつつ(買い物がニガテ)、即決。
私は、ニットのきゅうっとなる感覚がキライなので、帽子もゆるゆるが好みだ。これならきっと、寒くなる季節も歩くのを億劫がらず、健康であったかいお散歩ができることでしょう。
うれしい。ちょうど最近、カバンやら小物やら、気に入ったものをちゃんと探して楽しく身に着けようと思っているので・・。また、出かけます。今度はホットコーヒーをいただきます。

あいまい

私が好きだったドラマ「歌姫」が賞をとったそうで、公式サイトに制作者側のコメントが出ていた。
視聴率がイマイチで苦しんだ、そのときの気持ちとかいろいろ書いてあって、それをファンがちゃんと受け取って、掲示板で「おめでとう」が言える。
昔、私はドラマの制作者側の姿なんてあんまり気にしたことがなかった。
ドラマは俳優たちがストーリーに生きていて、あるいは出ている俳優自体がお気に入りで、それ以上のことはあんまり考えてなかった。
今の感覚ってその世界を構築した人がちゃんと認識できて、以前とは少し違う気がする。
その世界にはまってみていると「こういう展開じゃなかったらよかった。私ならこうする」っていう発想はあんまりないじゃない?
ただその展開に悲しんだり驚いたりするだけでさ。
今は、それを作っている側との距離感が縮まっているせいで、楽しみ方が増えて、これはこれで面白いなと思う。
さっきは、「スッキリ!」で、産科医の現状が取材されてた。
いろんな業界にいる困ったお客さんとか取り上げるシリーズっぽいのだが、今回はモンスター夫婦。
産科のお医者さんを悩ませる困った妊婦とその夫だ。
「予約した時間に来てるのに、いつまで待たせるんだよ!」とクレームをつけ、「街宣車呼ぶぞ!」と脅された話とか。
(「予約したのに(以下略)」自体はそんなに非常識なクレームではないかも。ココロの中で思うなら、ってことか)
医者がオトコだからといって「セクハラだ!」と怒り出したり。
まあいろんな夫婦がいるもんだ。
最後に、産科の先生が、
「産科の医者は、たいてい自分の時間を犠牲にしてなんとかやっているので、いじめないでほしい」と言ってた。
これも、昔ならなかなか出てこなかった声だなあと思う。
「医者」や「先生」って、「大変だー!」って声高に言う場があまりない仕事だった気がするもの。
政治の世界も現役の大臣とか、どんどん、トーク番組とか出ちゃうし、なんかとにかく、いいのか悪いのか垣根が下がる傾向にあるよね。
でも表向きの垣根の高さに、騙されちゃだめなんだけど。

ラモス

サッカーのことはよくわからないけど、ラモスは知っている。
そのラモスが、さっきテレビで熱く語っていた。
GMというものもはじめて聞いた役割だし、ラモスが監督じゃなくなってそれになったことも同様。
「サッカーわかってる人間がフロントにいないからダメなの!」
ふむふむ。
それはきっと、そうだろう。
現場のことをよくわかっていて、本当に必要な設備や、今不足している人材とか、きちんと把握しているヒトが、モノゴトの決裁権を持つグループに属していると、話の通りがよさそうだし、おかしな摩擦も生まないで済む。
選手も、監督も、上の動向を気にせずそれぞれの立場に安心して没頭できそうだ。
サッカーも、タテ社会なんだな・・・
サッカーわかんないのに、そんなことを考えながらみた。
なんたって、ラモスだから。
すごいよね。昔は、ちょっとおじさんの選手、っていう認識だったのが、今は50歳の管理職だ。
時は流れる。でもラモスはあんまり変わらない。

Wordpress再び

このブログはWordpressだが、カスタマイズは設置時にしただけでその後はちっとも触っていない。
最近は、CMSとか以前にとにかく「ページをつくる」という仕事に追われていて、なかなか新しいこと(自分にとって)ができずにいたのだが、ここに来て、Wordpress2.2を入れる機会が生まれた。
書籍でウワサは聞いていたが、ほんとに使いやすい。
MTがバージョン4になって使い勝手はあがったが、同時に値段もあがって、他の選択肢が欲しいことが何度もあった。サーバの、データベースのバージョンの関係やらで、これまでなかなか試せなかったのだが、これなら本当に、使う人に優しい更新ツールとして薦めてOKという気がする。
静的ページに違うデザインを与えたり、カテゴリごとにCSSを変えたりするのが、プラグイン頼みじゃなくても苦労しないで出来るのは、ほんとに助かる。

テスト投稿

すみません(誰に)
テストです。

猛暑

今年のお盆は、近年にない暑さ。
両親も、ぐったりしている。
特に80歳の父は、夏バテ気味だ。80歳といっても、まだまだ仕事をこなし、インターネットで調べ物をする現役。それでも、やっぱり気候は、堪えて当然。
戦争の話を毎年のようにちょっとずつ聞いている。
昔は、それを嫌がった母も、「ナマで戦争の話をする人も、年々減ってきているだろうし、聞いてけばいい」というようになった。
たまたま話題になったので、三浦哲郎の「おろおろ草紙」を借りた。そして午後には、娘と母と3人で、新井田・対泉院の飢餓供養塔と、美しい蓮の池を見た。
どんな怖い話よりも怖い、生きるための人間。
昔、99歳で亡くなった祖父が、70歳でタバコをやめたことを「若いときにやめた」と表現したのを覚えているが、父もだんだん、「若いとき」と「若者」の層が広がっている。
そしてそんな父を感じると、ふと、私のこれまでの人生で、「年をとればわかる」的に、自分の年輪を売り物にしようとした人たち=先輩やら、上司やら・・ を思い浮かべて、何となく笑える。
それにしても父にしてみれば、たった13年しか生きていない孫娘が、どれほど柔らかく頼りなく、生意気で可愛いものに思えることか。今年もその存在意義を、無意識のうちに存分に発揮した娘に、感謝、だ。

夜舞うつばめ

最近疲れて、息切れ気味な娘を、学校まで送っていくことが多い。
数日前に、今部活で彼女が演奏している曲が、何となくケイト・ブッシュを思い出させるなあと感じていた。それを言ったら、「思い出そうとしたけど、忘れちゃったな。あんなに聴いてたのは覚えてるのに・・」と娘。そうだ、保育園に送っていってた頃、私は毎日毎日、いろんな音楽を聴かせたのだ。趣味的には偏っているが。
久しぶりに聴かせてみようと思ったらCDが見つからず・・。家中探して見つからなくて、あきらめかけたときに、車のサイドポケットで発見した。それを、学校へ連れて行くときに、聴いた。
朝にふさわしいとは言えない。美しい声だけど、さわやかというよりは、もろくてちょっと悲しい。ケイト・ブッシュの「夜舞うつばめ」が流れると、この新城の空を飛ぶ鳥の姿すら、意味ありげにみえる気がする。

セレモニー

先週末、特に小さい頃お世話になった叔母が、亡くなった。
まだ60と少しで、病気療養中、急変して。治るつもりの治療入院から帰らなかった。
亡くなって家に戻ってきてすぐから、100日法要の読経まで、遺族側で動いたのは初めて。
こういうときにいつも、ポケッとしている若い人を先導して動かすのは、亡くなった叔母だった。その叔母はもうおらず、これは彼女のためのセレモニー。
若い人を前に、いつのまにか彼女の役割を果たすことが出来るようになった自分に、時々気づいた。
写真を撮ってよと言われて、母方の4人姉兄弟+祭壇の1人を写真に撮った。
そして、5人姉兄弟の昔の写真を観た。
忙しかった祖母の代わりに、いつも2人目のお母さんをこなしていた、長女である母の姿。
母が得意な洋裁でこしらえたジャケットをまとった、幼かった叔母たち。
5人の子供を育てている気持ちの張りが全身からあふれている、若かった祖母。
50年余りの月日は、いろんなことを劇的に変えた。
それは、きれいごとでは語れない変化だ。
慈愛、妬み、うらやみ、様々な大人の感情を越えて、子育ての終わりを越えた彼らは、叔母の死に際して、姉兄弟の顔に戻ったようだった。
それにしてもこの数日、叔母のおかげで、普段こういうことに全く疎い私がなんといろいろ学んだことか。
一人っ子で、見渡しても親族の少ない娘のために、書き残したいことがたくさん出来た。
改名はつけないか安い名前にして、ひつぎは模様や布張りなんかいらないから白木にして、ひつぎには、後で苦労するから何も入れないで、祭壇はこのへんに収まるやつで、玄関からはこうやって出て・・
それから、残っている日記があったら全部を捨てる。普段からざっくり捨てるのが好きな私は、もう全て捨ててしまいそうである。
結局残せるのは思い出だけ。人の生物学的な死にあっては、それが一番鮮やかに、誰かの人生を物語る。

カラオケ

先週から約束してたカラオケに、娘と出かけた。かなり久しぶり。行ったら店の名前が変わってたし。しかし、あらためてすごいですね。値段も…