Archive for 5 月, 2009

実験台

PCの性暴力ゲームの規制について、議論がされている様子。
いつでも、どこかで誰かが議論はしているのだと思うが、たまに気づくと、現状にあらためて驚くというかあきれるというか。
「ゲームは娯楽としておさめておいて、現実には、きちんとした概念を持って生きるよう、親や世の中が指導して・・」みたいに言う人もいるが、そもそも「女性に乱暴して妊娠・中絶させるか否か」までの道のりを「ゲームという娯楽」の枠に入れちゃうところから神経おかしい。
生殖にまつわる快楽を、どれだけ変異・肥大化させて利用しきれば気が済むんだろうか人間って。きっと気は、永遠に済まないんだろうな。
オトナの週刊誌が道端に落ちているのを、見るか見ないかドキドキする程度だった我々の時代とは、全く土台から違う。
思春期に、興味を抱いてネットを開いて検索すれば、あっという間にハダカやエッチが見放題、エロゲも手に入り放題、なんて環境がある子どもたちが今、30前後に差し掛かり、「さあいったいどんなオトナに育ったでしょうか」という、実験台的状態に置かれている。
(ちなみにそういう環境に、十分オトナになってから出会ってハマった人の結果は、結構出尽くした気が。身近でも、ニュースでも)
実験台といえば、タバコを吸いたいだけ吸って、食べたい・飲みたいを満たしてきた世代の人たちが60才前後になってきて、「さあいったい寿命や病にどんな影響があったでしょうか」というのも、最近よくある実験報告といえる。その前の世代は違う意味で生きづらく、健康に悪いからタバコや動物性脂肪は少なめに、じゃなくて要は手に入りにくかったから少なめだったため、ある意味、初のサンプル?
また、ここまで歴史的に手に入れてきた人間の様々な便利を手放して、「自然派」にいっちゃった人たちも、どこへ着くのか気になるところ。
「エコ」とか「核燃料」とか、材料は尽きない。
実験結果を最後に手にするのはいったい誰なんでしょうか。なんて、実験台的立場に自ら立ってしまっている人間が思うのも、そいつの掌の中でのことなんだろうか。
考えてたら、ちょっと空しくなってきたので、手元にある仕事をとりあえずやることにする。

「時生」

東野圭吾が続く。まだ続きそう。
ひとことで言うと、いい話だった。トキオくんの瑞々しい感じが、後半、泣けた。
(本について書く時は、そういえば、これから読む人もいるんだから、あんまり書いちゃダメだねと最近気づいたので、展開は書かないように、今からは心がける)
ドロドロも、ベタベタもしてなくて、安っぽくもない。
起こっている事態としてはリアルではないのに、ちゃんとリアルで、手ごたえが残る。
「普遍」とか「命」とか、形がなくてなかなか表せない価値や意義を、過去から現代までいろんなアーティストがいろんな手段で表そうとしているけど、どんな衝撃的な表現よりも結局は、ちゃんと生きた物語を描いて見せるのが一番伝わったり、心に残ったりするんじゃないかね。と、思った。
本筋とは直接関係ないけど、「パソコンが普及する。携帯電話で誰もがネットするようになる。」そういうことが、「夢」として語られた時代を、主人公といっしょに再び見ながら読み進めたのも楽しかった。
沢田研二がギラギラしながら、TOKIOを歌ってたあの頃、コドモの私が感じてた世界を思い出した。

読書する。「ネバーランド」

話の流れで、本を読むことにした。
娘の中学校で、10分間読書ってのがあったのだが、そこまでスケジューリングはできなくても、声を掛け合って読めればいいなという感じで。
彼女は部活や勉強に、長い通学時間。こっちも仕事と家事の増大。それぞれバランスが崩れてるのが、わかってきた。
私も、本を読もうと心がけてはいるんだけど、最近またビジネス書に走ってきて、小説が読めてないなと思ってたから、ちょうどいい。
別に、何に対しても即効解決にはならないけど、なんか、いい。
10分で済まなくてもいいけど、好きなだけ読んじゃうと他が成り立たなくなるから、適度に適度に。
とりあえず、あの子オススメの恩田陸から「ネバーランド」、面白い。まだ読み終わってないけど。
もうちょっとコワい話が多いというから、恩田陸には珍しい話なのかもしれない。
古いし、登場人物の抱える問題点の度合いが大違いだが、曽野綾子の「太郎物語・高校編」を思い出した。
あの世界を、今の子供たちはきっと実感を持って理解はできないだろうなと多少残念に思っていたが、書き手、読み手の世代が代われば、代わった世代でちゃんと生まれてくるんだ、物語って。よかった。
「ネバーランド」では、男の子の、少女ではなく女性に対する恐怖感というか嫌悪感というか、そんなものに対して結構激しいエピソードが挟まれてくる。大変である。
一方、「太郎物語」では、憧れだった五月さんの背中についてきた「ゼイ肉」に気づいて、もはや少女ではなくなった女性としての彼女を(そしてそれに対する自分が嫌悪感を含んでいることを)自覚する。
「ゼイ肉」には事件性も刺激もないが、それだけに妙にリアルで文学っぽい。

最近、何かと娘と衝突することが増えた。
この間見た、「世にも奇妙な物語」の「ボランティア」。
ボランティアで来た人が家事をすれば感謝されるのに、主婦がやっても感謝もされないのは何で?!っていう話をやってたけど、まあ、要はそういうことだね。
うちの場合は、夫が洗濯するし、他はそれぞれかなり自由なので(ここまで来るにはいろいろあったし、他所のウチならあり得ないコトも多々あるけど)争うことはない。
でも、娘とは、ある。
遠い学校、学食はない。お金ももちろんだが、送り迎えや、お弁当など親のサポートは不可欠。そのことについては、入学前から何かと話し合ってきたはずだけど、5月も末になって、向こうは慣れてきてしまっている。こちらは、あっちの活動範囲が広がるごとに負担が増える一方。
何人もいっぺんに子育てしているおかあさんは、たぶん、お姉ちゃんはお姉ちゃんの、小さい子には小さい子の「役割」みたいなのが、相互に割り当てられてるんじゃないかと想像する。
別に、意識的に「お皿洗いはアナタ」とかそういうのだけじゃなくて、立ち居振る舞い・気遣い方というか・・。現に私は、すごく三女的だったと思うし、姉や、両親に対して。
うちは、ひとりなので、お姉ちゃんだが、小さい子だ(汗)相変わらず。
家の中で、彼女の役割だったはずのことがやれてないことがどんなに増えても、こっちは親だから「我慢したり」「代わりにやっちゃえば」それで済む。「勉強が忙しい」「部活が大変」それがわかるから、つい思いやる。
それがいけないと、今朝、すごーく思った。
「おかあさんが甘やかすからダメなんでしょう?!おかあさんなんか、ダイッキライ!」
と怒鳴り返されて、情けなくなって、さっきまでふとんかぶって寝てた。(もちろんこっちも倍にして返した後で)
・・・・・確かに。
これじゃ、「自分がダメになったのは親のせいだ。」として殺人するヤツらと同じである。
甘やかすバックボーンを、そのつど理解させてきたつもりだったけど、もうそういうトシじゃないのである。
嫌われてもいいから、オニになる  ことにする。

SONGS

昨日・おとといのNHKで、清志郎の番組をやってた。
ワイドショーでは同じ追悼シーンを何度も何度も流してて、どうなの?と思っていたとこだった。
考えてみると、映像のRCのライブはあまり知らない。
写真や記事は、吉見佑子の音楽雑誌の記事とか。
他は、ラブソディーと、後で(といっても20年以上前だ・・)友達にもらったカセットテープのBLUE、PLEASE。あとは、ラジオ番組。
それでも、ハマるとこまで至らなかったのは、きっと何か、縁の具合なのでしょう。
映像では、子供のころ、坂本龍一のほっぺをなめてたテレビと、タイマーズ、他は近年ヒトから借りたDVDくらいしか観ていない。
むしろ、ドラマや映画のシーンは、近年、結構観てる気がする。
だから、こういう状況になったが、あらためてライブをちゃんと観られて、よかった。
覚えてた映像よりはちょっとふっくらしてて、当然だけど、お化粧してもおじさんだった。
ワイドショーで何回か見た、語ってたファンの人が、前列で楽しそうに踊ってた。
中学のころ、RCの大ファンだったスギヤマくんは、どうしてるかな。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・
スローバラードは、やっぱりいい曲だねえ。
そして、いい声。
それにしても、青山葬儀場のあの、ガウンショー。
マイクに向かって、いるはずのボーカリストのガウンをぱっと取る。そして、いないわけよ。
あの喪失感って、なんか、キツい現実だなあと思った。
ファンも、いっしょにやってたメンバーも、あのガウン担当のヒト(誰だかわからないです)も、つらかっただろう。

キャラメル

アオモリ探検隊っていうブログで、並んで整理券もらわないと買えない花畑牧場のキャラメルが買えた、という一文が載ってたけど、実は私も、弘前の中三でそのキャラメルに遭遇した。
あの、春なのに雪降って渋滞した日の弘前で。
雪降って寒いから、とりあえず近くにあった中三に入って、「全国味百撰」で試食ざんまいしてたら、そこに、キャラメルが小さな山に・・・やっぱり、寒かったから?わかんないけど。
でも、買いませんでした。
普段、ナンでもおいしく食べている庶民の私は、やっぱりあの小さいハコ、一瞬でなくなるキャラメルにあの料金は払えん!
だって、キャラメルだよ?キャラメル。
でも、いろんなメディアで見てると確かに食べてみたくは、なる。
でも目の前にすると買えないだろーなとは、思ってた。
そして、予想通り買えなかったと。それだけ。

ハッチポッチ

「ドラム、やったきっかけって、何?」と娘に聞かれて、
「夕刊に、ドラム習いませんか、って載ってたからだよ」と答えたものの、はて?どうして、それで「じゃあやろう」ってなったんだっけ、と考えた。
学生時代、サークルでバンドはやってたけど、実質2年くらいなものだし、しかも当時はボーカルだったのに。
でも今日の新聞のテレビ欄みてて思い出した。
「ハッチポッチステーション」だわ、たぶん、きっかけは。
(本日夜、なんかわかんないけど、「もう一度見たい」的な枠に載っている)
あかんぼ~幼児の娘と過ごしていたあの頃に、夕方、私も(むしろ私が)楽しく観ていたハッチポッチステーション。
グッチ裕三のバンドがやったライブの、ハッチポッチステーションのテーマが、すごくかっこよかったから、
そっか、音楽か、やるならドラムがいいな、と。
楽しかったね、ドラム教室。
↓グッチさんもやってた「Smoke on the Water」は、ドラム教室で練習できたし。

ご冥福

忌野清志郎が亡くなったことは、とりあえずmixiで書いた。
それから、いろんなメディアで、ブログで、影響というか、反響というか、が、広がっているみたいだ。
こういう、知られてる人が亡くなったとき、ブログやコミュニケーションツールみたいのがなかったら、誰も自分の気持ちなんか発表しなかった。
家庭内で話題にする程度か、あるいは自分の心のうちで、「えー、死んだんだー。」って思って、テレビでその映像をみて「この人知ってるわ。へー、こういう活動もしてたんだね!そういえば、あの人が好きだっていってたよな」みたいに、ごく個人的な範囲でその反響は起き、数十分もすればすっ飛んでしまう、少なくとも一晩寝れば、それで終わりになってしまう、そういう人まで、
ネットがあるから、本来は特に形にならなくてよかったことも何となく習慣的に書いて、最後、「ご冥福をお祈りいたします」って書くんだよな。
まるで自分への免罪符みたいだと思う。敬語が苦手な若い人たちでも、おくやみの言葉として誰も彼もが使うその言葉。
ビジネス文書じゃないんだから。
ほんとに悲しい人は、すぐにご冥福なんか祈れないし、祈りたくないし、もっと上手いことなんか言えないよね。
私が死んで、もし何か言わないといけない場面に遭遇したら、それ、言わなくていいです。
違う言葉がみつからなかったら、何も言わなくて大丈夫ですよ。
そういうことってあんまり云える機会はないから、そういう意味ではブログって便利(?)。