実験台
PCの性暴力ゲームの規制について、議論がされている様子。
いつでも、どこかで誰かが議論はしているのだと思うが、たまに気づくと、現状にあらためて驚くというかあきれるというか。
「ゲームは娯楽としておさめておいて、現実には、きちんとした概念を持って生きるよう、親や世の中が指導して・・」みたいに言う人もいるが、そもそも「女性に乱暴して妊娠・中絶させるか否か」までの道のりを「ゲームという娯楽」の枠に入れちゃうところから神経おかしい。
生殖にまつわる快楽を、どれだけ変異・肥大化させて利用しきれば気が済むんだろうか人間って。きっと気は、永遠に済まないんだろうな。
オトナの週刊誌が道端に落ちているのを、見るか見ないかドキドキする程度だった我々の時代とは、全く土台から違う。
思春期に、興味を抱いてネットを開いて検索すれば、あっという間にハダカやエッチが見放題、エロゲも手に入り放題、なんて環境がある子どもたちが今、30前後に差し掛かり、「さあいったいどんなオトナに育ったでしょうか」という、実験台的状態に置かれている。
(ちなみにそういう環境に、十分オトナになってから出会ってハマった人の結果は、結構出尽くした気が。身近でも、ニュースでも)
実験台といえば、タバコを吸いたいだけ吸って、食べたい・飲みたいを満たしてきた世代の人たちが60才前後になってきて、「さあいったい寿命や病にどんな影響があったでしょうか」というのも、最近よくある実験報告といえる。その前の世代は違う意味で生きづらく、健康に悪いからタバコや動物性脂肪は少なめに、じゃなくて要は手に入りにくかったから少なめだったため、ある意味、初のサンプル?
また、ここまで歴史的に手に入れてきた人間の様々な便利を手放して、「自然派」にいっちゃった人たちも、どこへ着くのか気になるところ。
「エコ」とか「核燃料」とか、材料は尽きない。
実験結果を最後に手にするのはいったい誰なんでしょうか。なんて、実験台的立場に自ら立ってしまっている人間が思うのも、そいつの掌の中でのことなんだろうか。
考えてたら、ちょっと空しくなってきたので、手元にある仕事をとりあえずやることにする。