Archive for 8 月, 2009

クラウド

クラウドコンピューティング みたいなのはよく聞いてはいたのだけど、なんせ、ローカルでべったり仕事することが多かった過去2年間。
それが、最近身軽になって、ノートPCとどこへでも出かけるメリットが生まれたので、やっとそれが身近に。
ノマドウォーキング とか、レッツノート・・ みたいな本を読むと、やる気になるってのもある。
ローカルな私が最初やろうとしたのは、Gmail。Gmailは、アカウントはあったもののまったく使いこなしてはいなかった。
そこを整備して、Thunderbirdの中にGmailアカウントをつくり、そこが常にネットを見に行くように設定。(ヘルプに何でも書いてあるので超便利)さらに、FirefoxのGmailから、独自ドメイン名でのメールが送れるように設定。
使い勝手としてはThunderbirdが一番なので、GmailとThunderbirdを連携させることで、持ち歩き用ノートで同じ環境が作れるようになり、とっても便利に。
で、次に、ブックマーク。
Yahoo!、はてなも検討したのだが、Googleケータイにも目がいく今日この頃でもあり、やっぱりGoogleブックマークに・・
もうひとつ、Firefoxのアドオンで、まるでFirefoxのブックマーク同様の体裁のまま、Googleブックマークを表示できることがわかったのも採用の理由だ。
ブックマークはずっとフォルダ管理で全てやってきたため、タグ管理・検索でメール管理、というアタマにはなかなかなれなかったので。それに誰かと共有する気持ちはないしね。
これも、ノートとディスクトップ双方にアドオンの設定をすることで、まったく共通のブックマークを使うことができるように。
すごーい。
いや、モバイラーの方々にはもう当たり前のことなんだろうけども。
次は、何かなー。

行きたいこと

旅行の習慣もないのに、2年続けてライブに惹かれ、東京へ出かけた夏。
観光地は行ってないけど、吉祥寺も、西荻窪も、なんとなく楽しかったな。
私の住んでるところには、商店はなくはないけど、細々していてあまり用事がない。古川・新町近辺の小さなお店は閉まってるか、完全に若者のものか・・といった感じだし。

でも東京のあのへんは、小さいお店がいっぱいあって、3日歩いたら3日とも、違うヒト・違うものが見られそう。
雑貨を買って飾る趣味はないけど、見るのは好き。それに、かわいいものを身にまとい、生き生きしている人たちを、みるのも好きだ。
黙々と集団移動している通勤の風景はちょっとイヤだけど、元気な雑踏はいいもんだと、思った。
また行きたいな。
でも、2回とも真夏で暑かったので、次は冬がいい。
こっちが雪でくたびれてるときに、そっちはどんなか過ごしてみたい。
あと、どっかいくとすれば、この間テレビでみた、どこかの水族館がいい。
マグロ、観たいな。イワシの大群も。

カラオケブーム

カラオケとビリヤードとボーリングは、20数年前に流行っていたので、私は一時期そんなものざんまいで時間を過ごしていた。
夫とは年はちょっと離れてるけど共通してそれらが好きだったから、会社帰りとか、中でもカラオケはずいぶん行ったと思う。
だから、今は別にいい。特に行きたくない。もう十分。
それにカラオケは、今は、特にストレス解消にはならない。それは生の音楽に触れ続けている人なら、誰でも同様なんじゃないかな。
さらに、近年ほとんど飲まなくなったので「飲み」という切り口でのカラオケ参加も難しい。
ところが、うちの親戚たちには今、カラオケブームが訪れているらしく・・・。
実家に泊まったある夜、甥っ子たち(20歳以上+高校生)含めて全員でカラオケ。フリータイム。
・・で、でも、まあいっか。みんな行きたいんだもんね、うんうん・・。
そんな私と、今はブラスバンド系命の娘との二人は、浮きまくりである。
かたくなに歌うのを拒否する娘と、「えー、いっしょに楽しもうよ」的に気を使ってくれる周囲の間に立って・・・
えーとじゃあ、いっしょになんか歌おうよ、えーと、あ!じゃあ、「らんちう」ハモろうよ(これが間違いか・・)、ねえねえ。
って感じで、歌えば歌ったで、いろんな意味で浮きまくる私たち。
あっちこっちの空気を読んで早めに退散させてもらったが、いや、なんか。
みんなの歌を聞くのは、それなりに結構楽しいんだけどね、うん。
やっぱり一番厳しいのは時間の長さと、「いっしょに楽しもうよ!」というあの感じかな。
・・・・・まあ、いいか!これも、身内に会えたからこそ。

ゲームと子ども

「ネトゲ廃人」という本を少し前に読んで、4年前に話題になった「子どもが壊れる家」も続けて読んでみた。
「子どもが壊れる家」は発売当初から賛否が分かれて話題になって記憶があった。あらためてみると、Amazonの書評は結構散々な言われようだ。
それは置いとき・・
今ではかなり前の事件になった神戸の「酒鬼薔薇聖斗」の事件を中心に、他の子どもが起こした、理解しがたい殺人事件をとりあげて、親の過干渉あるいはゲームと殺人の関連を書いている本。
当時話題になった「ゲーム脳」という、ゲームばっかりやってると脳の働きがおかしくなるよ的な話をベースにした検証部分なんかもある。
うちの子がちょうど毎日、ゲームざんまいだった時期なので、心から心配して話し合い、見守ったものだ。「ゲーム脳」がどうなったかわかんないけど、その時期たくさん話しあったおかげで今に良い影響があったのは確か。
でその後、5年近く経ってきたわけだけど、世の中の状況はその線を進み続けているのが、なんとも・・という気持ちになる。
違うのは、そのときセンセーショナルだったようなことに、今では慣れが生じていることぐらいで、悪い状態に変わりない。
さらに、この本が問題にしたことにプラスして、景気低迷による貧困まで子どもたちに降りかかっているので、問題が深化しているのは確実なはずなのだが、ゲームに加えて「インターネット」をめぐる問題も加わり、ますます評論が追いつけてない感じの今日この頃・・
「ネトゲ廃人」は、ネットゲームにはまって様々な状態に陥った人たちへのインタビューが三分の一、残りは、韓国におけるネットゲームの現状などの分析。
まっ赤な装丁で、「中二病」(こっちも読んだけど、あるある程度で感想は特に)と並んで売っていてちょっとためらったが、オンラインゲームと、それをやってる人について、いろいろ知ることができた。私みたいにゲームそのものに無知な人にちょうどいいのかもしれない。
この本に登場する人々の年齢層はさまざまだから、5年前に「ゲーム脳」がどうこう問題にされた子どもたちが育って「ネトゲ廃人」世代になったとは言えないが、5年前に話題になった問題はそのまま深まり、広がり、息をひそめつつ拡散して、こういう状態に連続している感じは否めない。
問題の根元は、いっしょな気がする。
なんでこれらの本を続けて読んだかというと、ゲームにはまってまわりが難渋している子ども(といっても20過ぎ)が、わりと近い関係にいるからである(うちの子ではないよ)。
難渋していると訴えるのは彼の「まわり」なんだけど、ほんとは、本人が一番困った状態にあること、おそらく本人が自覚してない。それは、「ゲームの真っただ中にいるから」に尽きる。
家は遠いので彼のことはそんなには知らないが、あかんぼのころから年に数度ずつ会ってきた彼が、そのルートに入っちゃったのはなんでなのか知りたいし、できれば何とかならないものか探したい。
まったく、ニンゲン、自分らが生み出したものに翻弄され続けて数十年って感じで、なんだか大変だなあ・・・

「お金は銀行に預けるな」

サブタイトル:金融リテラシーの基本と実践。
「断る力」に続いて、勝間和代の一冊。ちょうど今、金融関係のニュースに触れる&触れなきゃならない機会が多くて、自分のモノ知らず加減に嫌気がさしていたとこだった。
それが何故なのか、勝間和代が箇条書きで教えてくれる。
・学校教育および家庭内教育で金融リテラシーが軽視されてきた。
・社会人になると長時間労働で忙しく、金融リテラシーを磨く暇がない。
なるほど、その通り!
「お金に関する話題は下品」的に、私が小さい頃のうちでは、家庭内のお金のことすら子供には不透明だった。「株」や「投資信託」をやってると、きいただけで怪しいヤツとまゆをひそめるような親たちだった・・。
読み進めるうちに、へー!とか、あ~そうかも~・・とか、いろんな感想をかみしめつつ、え、じゃあ、どうすればいいの?と思うと、勝間先生はそんなこちらを見透かしたように、
「でも大丈夫です」的に、話を次へ勧めてくれる。ありがたや。
それに、今まさにうちは、住宅ローンをずぅぅっと払い続けているわけだが、それがどういう仕組みで成り立っているのかがわかった。これまで家はただの「買い物」だったが、実は「不動産」という金融商品なのだ。そっかー。
そんな仕組みで銀行は、儲かるようにもう、仕組みを作っているんだね。そして、定期預金のお金は、銀行にただ置いてるんじゃないんだ!(気付かなかった)
ううむ、このまま行ってなるものか・・、みたいな気持ちが芽生えてくる本。
思ったよりずっと読みやすく、つい「私のはどうなってるっけ・・・」と確かめてみたくなるので、これを機会にいろいろ確かめてみたいと思う。
「私たちは働きすぎているから自由時間が少なく、子育ても金融を勉強する暇もなく、金融の勉強をしないから」その術がわからなくて「ますます働かなくてはならないという悪循環に陥って」いるのか!
そりゃあ大変だ・・・。なんとかしなくちゃ。
いやあ、うちの子、やっぱ経済学部に・・・。

「仕事するのにオフィスはいらない」

サブタイトル:ノマドワーキングのすすめ。
たまっていた読みたい本の中で、軽いものを電車の中で読もうと持っていった。そのうちのひとつ。
「レッツノート」に続いて、まあ、モバイルの人がどんなことしてるのか、ぱらぱらめくったら書いていそうだったので購入した本。
「ノマド」とは遊牧民のことだが、家でもオフィスでもなく、第3の場所を常に持ちながら働いている状態のことを、ノマドウォーキング、と呼んでいるようだ。
一番ぱっとイメージできるのは、モバイラーのSOHOだけど、別に組織に属しているかどうかは関係ないみたい。会社員でも、そういう働くスタイルならそう。
この間知り合いと話してて、そちらは別に、家でずーっとじーっとしてても平気らしいけど、私は結構出て歩きたい方なので、個々の傾向もあるんだろうな。一番支障がないやり方をすればいい。出たい私には、刺激になった。
全体に面白かったが、特に「クラウド」をいかに便利に使うかって話は、興味深かった。
私はWebの仕事をしてるわりには、比較的古風だと思う。クラウドコンピューティングってやつは、なんとなく信用できないというか。例えば、音がどっかから常にダウンロードできるとしても、手元にCDを持っていたい、みたいなタイプで。Gmailも、なんとなく使ってこなかった。あっちもこっちもメールソフトいれちゃえばいいじゃん、みたいな。
でもそういうのじゃなくて、クラウド前提で作られたものには、それゆえに優れている「連携」というベースがあることを知った。なるほどだ。
記述がすごく具体的なので、すぐにでもやってみたくなる。

また吉祥寺で

知久寿焼という人のライブに行ってきた。
誰?という方には、昔、「さよなら人類」や「らんちう」で有名だった「たま」の、キノコっぽい頭をしていた変わった声の方。
吉祥寺のMANDARA2.7月30日。
去年は、8月5日に同じく「たま」の、「さよなら人類」を歌ってた方・柳原陽一郎の吉祥寺・スターパインズカフェのライブにいったんだけど、今年は、まだ見たことのない知久さんのライブにいくことを決意。
内容のことは別に書いちゃったので自己完結してしまった。
ただ、ほんとにすごかった。ギターや歌がうまい、とかそういう言葉ではなくて、皮膚感覚のようにギターを「鳴らす」。声を「鳴らす」。ハープを「鳴らす」。
ああいうのが、楽器をほんとに「鳴らしてる」状態なんだと、幸せなことに最前列で食い入るように見られたので、カラダ中で実感。
いいもの見た、いいもの聴いたよ・・・
「たま」は、そんなに派手じゃないけど結構アレンジが効いているらしくて、それがギターと歌とハープだと、音楽が裸にされたみたいにクリアになるんだと思った。たのしい歌も、かなしい歌も、
聞けば、普段と比べても、本人も楽しそうなよいライブだったそうで、幸せだ。
知久さんは「死にネタ」という。随所に「死」がちりばめられている楽曲の数々。
聴いていると「死」がふと眼をあげたそこに、しゃがんで座り込んでいるような気がしてくる。
たぶん、手をひかれるときに、ここまでどう丁寧に生きたのか、そいつに問われるんじゃないだろか。