Archive for 10 月, 2009

「なりほん」も応援します

応援したいもののひとつに、青森で「こころを耕す」成田本店がある。
青森は、この10年くらい?で、小さいのから大きいのまで、知っている本屋がぱたんぱたんと減っていると思う。
私が青森市に来て20数年、その20数年前新町にあった本屋さんで残ってるのは「成田本店」・略称「なりほん」だけだ。
こうなった背景には古本屋の進出や、町自体の衰退他いろいろあろうが、そのひとつに「amazon」があるのは当然かと・・。
私も「amazon」にはすごくお世話になってるし、頼んでから来るまでの早さは、こんなに早くなくてもいいのにというくらい早く、地元書店は勝負にならない。
余談だけど、ある3冊の本を「amazon」で買ったとき、「いつも来る宅配のお兄ちゃんに3日続けて会うのは、なんだかココロ苦しく避けたいので、時間かかってもいいから一度の配送にしたい」と思ってそう設定したのに、「お客様に少しでも早く届けたいので、予定より早く入荷したこの本は、配送料無料で分割配送します」とメールが来て、勝手に2回に分けて送ってきたことがある。
人間にはココロの機微というのがあるので、その辺は汲んで欲しいもんだ。
それはともかく、私の住む地域のすぐ近くに、「なりほん」が出来たときはすごくうれしかった。
ちょっと雑誌が欲しくても文具が欲しくても、ある程度時間を確保すること覚悟しないといけなかったときに比べて、特に冬、雪の季節は、子供の小さなモノなど買いにいくたびに、ホントにありがたさを実感した。
「amazon」で買う冊数は多いが、それは仕事関係の本が市内ではなかなか手に取れないからで、そこを除けば、雑誌や文庫、文房具など、今でもけっこう優秀な一般ユーザーだとは思う。
近年、この「なりほん」、営業時間がすごく遅くまでになった。夜10時までやってる。
おかげで、晩御飯終わってから急に娘が「ない、ない、なーい!」と騒ぎ出しても、落ち着いて文房具を買いに行く事ができてありがたい。ホント、これには何度助けられたコトか。
が、逆にそこまで無理して長時間営業しないとやってられないくらい、もしかして業績が・・?みたいな不安も無きにしも非ず・・。
悲観するわけじゃなくて、好きだから、なくなんないであそこにあり続けて欲しい・・・
加藤和彦が亡くなった。音楽家をもっとちゃんと応援しようと思った。そして、「なりほん」も応援しよう、なくならないように。
と明確に思っていたわけでもないんだけど(^^;
昨日久しぶりに「なりほん」に、定期的な雑誌の取り置きをお願いした。かつての「SOHOコンピューティング」以来だわ。
最近、発売日に「なりほん」に来ても、よく買いっぱぐれるなあと感じていた「Web Designing」、
「毎月とっておいてほしいんですけど」と言うと、調べたら何とそもそも1冊しか入っていないんだそうで。道理で買えないわけだ・・・
そういうわけで、今月(つまり、地方なので今日)あの「なりほん」に入る1冊の「Web Designing」は、私のものになった。
ふふふ。
出版元の定期購読によって、最近休刊が相次ぐ雑誌の出版社を応援してもいいが、書店で定期取り置きをお願いすると、書店も出版社も応援できて一石二鳥な気分(ほんとかな)。
買えなくなったその人よ、悪く思わず、今回は「戸田書店」とか「TSUTAYA」で買っても、次からあなたもぜひ、「なりほん」で取り置きをお願いしてくださいよ。

応援します

加藤和彦が亡くなった。
今年は本当に、何人も亡くなっていく。
しかも、自殺。うつ病。今朝、テリー伊藤がテレビで「うつ病ってなんなのよ?」と言ってたけど、そんな感じ・・。
そこへ、いつも読んでいるさとなおさんのブログに、「もっとちゃんと応援しないと」という記事が。共感した。
小さい頃、父のひざで聴いた戦前戦後のナツメロ、小学校で姉のマネして背伸びした深夜のラジオ、中学・高校で聴いた日本のフォークソングやロック、そして洋楽。オトナになってから琴線に触れたいろんな音楽。
でも気がついたら、よく聴く音楽もうつりかわり、「昔は聴いたな」的なものも増えてきた。
自然に目に入るようなメディアには載ってこない人達が多くて、意識しないと動向がつかめない、だから今どうしてるのか知らないものが多くなった。
うつ病は病気なので、応援してる人が増えたり、ライブの客が少し多めだったり、関わったCDの売れ行きが伸びたりしても、特に即効性はないとは思うが、いろんな意味で余裕のある環境にいるかどうかは、ある障壁を乗り越えるにあたって大きなポイントになるのは、違いない気がする。
今の私が形作られる過程で欠かせなかったそういう音楽家達を、「昔は聴いた」「変わってしまった」「あっちがよかったのに」と言ってしまわないようにしようと思う。
みんなが評論家になっても、何にもいいことはない、ってそんな気がする。一般人は、一般人として聴き続ければいいのだ。
だって、確かにすごく好きだったし、よくしてもらったんだから。

iPhone

結局、iPhoneを買った!
裏切ったわけじゃないんだけど!(何を)。
5割は、単にスマートフォン使ってみたい!ってこと。
2割は、ノートPCで外出るのに慣れたけど、使えば使うほど、もうひとつ軽い携帯端末がほしいと思ったこと。
残りが、今後を考えると、データ通信も電話もパケホーダイダブルも、毎月振り切ってしまう現状を打開するには、コレがいいと思ったこと。
Google携帯は、先にコメントいただいたように、Docomoから出てるくせにimodeが使えないという致命傷があった。
imodeはかなり利用してるので、捨てられない。だから機種変更はできない。
かといって2台目をGoogle携帯にすると、計算の結果、どうしても維持費が高い。(iPhoneの通信費がちょっと安くなってるし)
ということで、Docomoのケータイを維持したまま、2台目をiPhoneに。
Docomoのパケ代かかる仕事を、全部iPhoneにやってもらって、Docomoは電話と家族用に専念してもらおうと。
iPhoneの持つMacらしさに、大丈夫かな?また失敗するかな?とも思ったんだけど、これは、心配なかった。
というか、
パソコンの場合は、「こうある」ことになじんでいる質感・環境・操作性があるせいで、WindowsとMacの差はなかなか埋めることができなかったし、埋めなくてもそれぞれになじめればいいものを、それもかなわなかったのが、
iPhoneは最初から、未知なるスマートフォン。
うちにやってきて、箱開いて机に乗っけて、・・・・・・・・・・さて、えーと?どうすれば?ってなったくらい、未知の機械だ。
コンピュータを触るのはMacが初めて、というヒトにとって、Macが使いやすいという意味が、ここにきてやっとわかった気がする。
並んでいるアイコンを押せば何かが起こり、ホームを押せば、さっきまで開いてたものが必ず帰ってくる。
ということさえ把握してれば、大丈夫、という安心感。
購入するところから安定するまで、なんだかんだと結構いろんなことがあって、くたびれた・・・
やっと落ち着いてきたので、とりあえず書いておく。