Archive for 11 月, 2009

「心が折れてしまいました」

折れた、折れそうになった などバリエーションがあるが、しばらく前から気になっていたこの表現。気になっている人はいっぱいいるみたいで、ふと検索したら、「由来はなんですか」とか、その他諸々ヒットした。
もとは格闘技で使われたとか・・腕は折られても心が折れなければ大丈夫、みたいなことで。
この、「心が折れる」という言葉に対する、違和感というか、なんというか、なんだろうな。自分でもわからん。
傷つく、無力感を覚える、絶望する・・。マンガのシーンだったら、主人公の背中にひゅ~・・と風が吹いて、中心に吸い込まれるブラックホールみたいな渦が描かれる感じ・・?。
「心」が「折れる」という言葉の組み合わせが、ものすごい致命傷を感じさせる、からなんだろうか、どことなく、むずむずする。
ときどき、ネガティブな雰囲気の書き込みやブログの文章でコレを読むと、私の場合、その文章の主旨はともかくとして、ココにひっかかってしまうわけですよ。
少なくとも、10年前はなかったと思う。この表現。
しかも、切迫感は後者の方が高いのに、
「その状況に、私は傷つきました」とは、なかなか書きにくいよね、おそらく。(そうでもない?私だけ?)
「その状況に、心が折れてしまいました」のほうが、書きやすい気がする。
・・・なんでだ?

今、これを書きながら思ったんだけど、
一般的に「私は傷ついた」の場合は、「私は」であって「私の心は」とは、わざわざ書かない。
「あ、今傷ついた」といえば、それは物理的に傷ついたのではなく「心が」傷ついたのだろうと、相手は自然に推測する。「私」が残り、「心」は省略可。
でも「心が折れた」の場合、「私は」を残すと、「私は折れた」で意味合い的にちょっとおかしい。「心」は省略不可だ。
コレって、日常会話ではなかなか言い表し難い「心」の状態を、「私が」という自己主張をオブラートに包み、かつはっきり言い表せる、珍しい言い回しではないかしら。

何が折れた?私じゃない。私じゃないのよ!(誰)
心が。

・・・・
「とても辛い状態にある」という現実を、口に出さずにはいられない人がそれだけ増えている、ということなんだろうか。
※ああ、コメント書くときに上に出る、怪しいソース表示、まだ直してませんね、ごめんなさい・・

誕生日

それを口実に、丸いケーキを食べる日。
私の2010年は、なんか仕事が忙しいらしい!と聞いたので、気になって、昨夜なりほん三内店に行って、占いの本を3種類立ち読みしてみた。
・・・確かに!そして、それぞれ参考にしている指標(何何星人とか)が違うのに、どれも近いのが、ほんとっぽいぞ。そしてどれも、お金は出し惜しみしないほうがいいが、無駄づかいに注意、と書いてあった。気をつけようっと。
人生はとっくに折り返してると思うし、老後がさびしい心配を本気でしている今日この頃。
さりげなく過ぎてしまうお正月ではなくて、今、これから1年の目標を宣言してみたい。
目標1:字を書く。それも、丁寧に書く。
年中、パソコンといっしょにいるし、iPhone使い始めてからなおさら、字を書く機会はすごく少ない。
もともと殴り書き系だけど、たまに文字を書いた時、その違和感に、これはまずいなと思う。
これで、娘の学校書類へのサインがいらなくなったら、もうほとんど、字を書くチャンスがないのでは?!
と思った。
かろうじて手帳に思考過程を書く習慣があるので、それを拡張してか、あるいは単にそのものを、か・・・
とにかく丁寧に、きちんと、アレ?漢字わからん、いいやひらがなでと云わず、忘れた漢字はちゃんと調べて、何かをきちんと書く事にします!今日から!・・・写経でもする?
目標2:編み物をする!
これは知り合いの方が昨年、編み物をするチャンスをくださって、そのときからやりたいなと思ってた。
昔はセーターやマフラーはしばしば編んだし、娘が小学生の頃まではあみぐるみも作ったのだが、最近は、空いた時間はほとんど仕事関係に費やしているので、なかなか難しいのだ。
今のところ定期的に外に通ったりはしにくいし、家でちょこちょこできるのが現実的。意思の持ち方の問題でなんとかなりそう。
編み物なら、冬は毛糸、夏は綿の糸で、いろいろやれるしね。
まず、昔いっぱい買ってあちこちに押し込んである安物の毛糸や、編み物の基礎本を引っ張り出したり集めたりしよう。
そして、まずはいただいた編み方図で、マフラーを。
あ、なんか楽しくなってきたー。

大丈夫な気がしてきた

数ヶ月前から、ずっと沈殿しているみたいな、私個人にとっては重たい問題がある。
♪見ないように見ないように見ないようにしてるんだけど、どうしてもみてしまう~
先週くらいから、そのリマインダー的な出来事が立て続けに起こって、本当にそれを扱いかねていた。
でも、友達とおしゃべりしていたら、なんだか底が見えてきた。
もう数カ月、「次行こう!次行かなくちゃ!」と言い聞かせながらも次にいくことができずにいたのは、結局、目線がそこを求めていたからだ。
落ち着いて探してみれば、まだまだ私が選ばなきゃいけないことは、この先ずっとあるんじゃん。
まだ、先がある・・・
と、思いながら、少し目線をはずしてみたら、なんか大丈夫な気がしてきた。
忘れられなかったり、見ないようにできなかったりすることに、苦しむのはやめよ。
別に、見ちゃううちは見ながら、だんだん次へ進めばよかったんだ。
だいたい私は後悔していないじゃない。
とにかく気持ちが、晴れたわけ。
こういう時もあっていいんだな。あー、おしゃべりって、いいな、と思った。

sugarsync

「sugarsync」については、ちょっと検索すると先人の知恵がいっぱいあるので、それと、日経パソコンの記事でもタイムリーに紹介されてたので、手順の紹介とかするわけでもなく、感想だけ。
iPhoneを手にして以来、いろんな新しい小さい事に、いちいち喜んでいる。
RSSを便利に読めるようになってとってもうれしい。Twitterのチェックも簡単。写真とメモをいっしょにとっておけたり(Evernote←これはいろんな人がいいって言ってた)、GoogleカレンダーとiPhoneカレンダーが連動してくれたり、「やることメモ」だけ書きとめておけたり(PTO←「iPhone情報整理術」に書いてあった)、手書きメモを画面で急いで書けたり(FastFinga)※iTunesにはジャンプしない
まあ、ほんと、いろいろあるもんだ・・。
それに、ゲームしない私が、ちょっとゲームしたりするしね。Macの人の楽しみが、やっとちょっとわかった感じ。
そんな中、「sugarsync」。私の場合の成したいことは、iPhoneとは直接関係なくて、ディスクトップとノートPCが、完全に同期してくれたらどんなにラクだろうという以前からの願いだ。
そのために、ディスクトップのほうをVistaにしようか考えてるうちに(ノートはVistabusinessだから)Windows7出ちゃったし、そもそもディスクトップ調子わるいしどうしようかなと思っていた。
そこに、「iPhone情報整理術」という本に載ってたお話。以前もきいたことあったけど、「sugarsync」はiPhoneアプリにもあって、そりゃあ便利だね!という話が。
それが呼び水になって、これを機会にやってみることにした。
最初、2Gのフリー版を使ってみた。まず、ノートPCで「sugarsync」のクライアントソフトをダウンロードして入れ、手探りで設定してみる。
ディスクトップにも同様の設定して、さっきノートPCから入れたファイルを取り出せて、納得。
まあこれだけだと仕方ないので、ディスクトップにあるフォルダひとつを同期。
しばらく待っていると、ノートPCで同期とダウンロード完了。
これで、ノートPCにあるファイルの名前を変えたら、ディスクトップのファイルの名前も当然、変わるよね?という実験。
・・・変わる変わる。便利~。増やしても、書き換えても、確かに。
移動先で取り込んだたくさんの写真やテキストを、そのまま共通して持てたらラクなのに、
実家や、出先で作業したのを、面倒なくそのまんま反映したい・・、とずーっと思っていたことが実現したらしい。
わーい。
でも、双方のPCでやりたいことはWEB制作に関連する作業全てなので、容量的に2Gだとぜんぜん足りない。
今後作業が動く予定のフォルダを厳選して、しばらく考えた上で一番小さい有料版を購入してみた。だいたい月額600円くらいか?
1ヶ月はタダで使える期間があるらしい。
今のところ、「sugarsync」の恩恵をiPhoneで受ける予定はないかも?だけど、ないとも限らないので、無償だし、こちらにもアプリを入れておいた。なんかかわいいデザインのアイコンで、ちょっとうれしい。
最近、PCメーカーもクラウドに関してなんか発表したりして、ずいぶん世の中そっちへ動こうとしているようだ。
とりあえず、預けたらなんかちょっとやだなというデータは手元にだけある。
クラウドの環境を前提にしたPCは、これから本腰入れられることだろう。
1年後、どうなっているんだろうね!