Archive for 1 月, 2010

東京・横浜へ旅行に(3)

横浜の黄金町にホテルをとったのだが、それには少しだけ理由があった。
高校時代、人との交流が苦手で、ギターを弾いて歌ったり、音楽やラジオを聞いたり、本を読んでばかりいた暗~い私は、ラジオで稲葉喜美子というシンガーソングライターのライブを聴いて、衝撃をうけた。
それは、これまでになく、暗い歌の数々だったのだ。
中島みゆきなど、暗さの代名詞は他にもあったけど、フォークソング的暗さとはまた違う。
声自体の湿り気が、曲調や、アレンジ、歌詞、すべてを巻き込んで、暗~いにぶい光を放っているみたいだった。
その話を部活の同級生にしたら、「あ~、あの、猫と住んでるとかいってた暗いやつね、あれ、おかしいよね!あたしはキライ」といわれて、ますます口に出しにくくはなったが、一度でもいいから、ライブを聴いてみたい!と思っていた。アルバムも聴いたが、そのラジオのライブが断然すごかったから。
でも、その後、活動をやめてしまったので、もうライブは聴けない。
稲葉喜美子の歌のモチーフは、どれも横浜だった。そして、中でも「日の出町ブルース」は、群を抜いて暗オーラを放っていた。
なんだろうコレは?と、私は、歌詞の意味や背景をあれこれと、理解しては驚いたり、落ち込んだり、したものだ。
日の出町、黄金町と、歴史を検索すれば、今の時代ならネットでいろんなことがわかるだろう。でも、当時は、本を読んで探っていくほかなかったのだ。親にも聞けないしね。
そういうわけで、別に当時を知れなくてもいいから、そのはじっこに、一泊するのもいいんじゃないかと、選んだのが黄金町だった。
日の出町には、京急線でひと駅。
別に何をするわけじゃないけれど、JRAに向かう、競馬新聞を読み込む忙しそうなおじさんたちに混じって、娘と私も駅外へ。
川沿いを歩いて、看板の説明をときにしながら何気なく景色を写真にとって、駅へ戻り、横浜方面・つまり帰る方向へ。
たったそれだけなんだけど、行ってよかった。しかも、あの歌を聴いたのと同じ年頃になった娘と二人で。
これでやっとあの得体のしれない憧れも、おしまいかもしれない。
書いた以外にも中華街いったり、それなりにいろんなことあったんだけど、特に書き留めたかったことはこのくらい。
一生懸命働いて、また、旅行にいくよー!

東京・横浜へ旅行に(2)

2日目のメインは、八景島シーパラダイスだ。
あの、私の好きな「野ブタ。をプロデュース」で美しい撮影場所となった八景島の大水槽がみたい。(そんな理由がきっかけ)
横浜は20年くらい前に一度訪れたが、当時は何もなかったし何もしなかった(お金がなかった)。
だから、実質はじめてのようなもの。勝手がわからず、かなり緊張したが、すべてにおいてiPhoneくんが役に立ってくれた。
そう、今回の旅行は、iPhoneなしでは成立しなかったかもしれない・・。もちろん、以前なら調べ倒して、地図を片手になんとかしただろうが、検索も地図も路線調べ・時刻表も、全部を一個で済ませられる、夢アイテムだね、iPhoneて。
そんなわけで、乗り継ぎ乗り継ぎ、八景島シーパラダイスへ。
よく晴れていて、まったくこれは冬じゃない。春だよ、春。静かな海はどこまでも青く、やわらかなクラゲがふわふわしていて、日差しも穏やか。今、青森に大雪警報が出ているなんて、日本は長すぎる。
念願の大水槽を見た。その中には、キラキラとひらめく大群のいわしが。いわしを丸く固めて動かすために、後ろにサメが放たれているというすごい光景ではあるのだが、美しい。
ひとつひとつの展示を食い入るように見すぎて目がくらくらするくらい。
おみやげやさん見物や、イルカショーもちらっとみて、シロイルカのいる別棟へ。
ひとによって、「シロイルカしかいなかった・・」と不満の残る方もいるようだが、私はそんなことなかった。
予備知識がなかったので、あんなに大きいとは知らなかった。
巨大なシロイルカ。顔に注目すると、確かにイルカだ。そして笑っている。
餌を持ったダイバーと、あざらしがやってきて、シロイルカのまわりを泳ぐ。シロイルカはときどき口をあけて、差し出されるお魚を食べる。
くるくると泳ぎ回る人と、あざらしと、シロイルカ。なんかずーっと見ていたくなるような光景だった。
雨の日の動物園が好きなコが出てくる、学研の読み物特集号のお話があったが、私も雨の日の水族館にきて、水槽の脇で時間を考えずに過ごしてみたいと思った。
ここでも、動画も撮れるiPhoneくん、大活躍。
それから、予定より少し遅く、ホテルへ入る。
ホテルは、横浜・黄金町のビジネスホテル。

東京・横浜へ旅行に(1)

元「たま」の柳原陽一郎、今年はデビュー20周年ということで、1月から5回連続、これまでの全曲歌うライブがある。
その1回目は1月9日。私にしてはちょっと頑張ってネットで取得した。2枚。
親の聴くものは何でも聴かせてきて、だんだん自分のアンテナもはりつつある娘だが、そんな彼女、「たま」も結構お気に入り。
もうないかもしれない、たま時代のやなちゃんの歌を聴くチャンス。
ということで、やなちゃんライブをきっかけに、娘と2人の2泊3日の旅行が成立した。
ライブハウスの場所は下北沢(下北沢440)なのだけど、駅と近くて不安のない高円寺のホテルをとってあったので、東京についたらまっすぐ吉祥寺方向へ。吉祥寺はなんとなく3回目になるので、だんだんわかってきた。そういう場所があるのって、なんかちがうもんだ。
吉祥寺から、娘もぜひ連れていきたかった、西荻窪の雑貨屋さん「ニヒル牛」に寄った。前とは違ってお客さんが楽しそうにお話してて、お店はますますあったか、ほかほか。
下北沢についたのは17時過ぎだった。いつもどうなのかわからないのだけど、若者がたくさんいた。連休で人が多かったのかな?。がやがやがやがや。混沌としていて、みんな声が大きくざわざわ。
ライブハウスをみつけたので、ライブ前にゴハンを食べる。お昼はちょっと探したが、今回はお腹を満たす目的で何も迷わずココイチで。
その後ライブハウスに戻ってしばらく待った。お店の人は何度も出てきて、番号順に並ぶことなどを、結構神経質に訴える。予想より立ち見が出たのかしら。順番はそれほどよくない。席も無理せず、中頃に座る。
やなちゃんは、前回同様、最初はわりと堅苦しい。きれいな敬語で大人のあいさつ。曲が進むに連れて、だんだんほぐれてきた感じだった。セットリストは他にまかせるとして、私が聞きたかった「満月ブギ」が2曲目。うれしい。聴き慣れたベースラインが奏でられたときは、娘に喜びの視線を送った。
全曲ライブの最初期という貴重な回だし、私はやなちゃんのライブ自体2回目なので、どれも全部が素晴らしかったんだけど、他の人のレポもちょっと見たところやっぱり素晴らしかったみたいで、ほっとした。
前に行ったのはもっとジャズセッション寄りで、アレンジもそういう雰囲気だったが、今回は、「たま」をちゃんと基板に置いて演奏もコーラスもしてくれていて、そこも、私みたいなファンにはうれしかった。ギターは、かなり華やかな色合いだったけど、それはそれですてき。
あ、「お経」は、もともとジャズだったんだなあという気がした。なんかすごい曲。
それから、パーカッションの外山さんの、カウベルを片手で持って、それを片手の指ではじいて16ビートを刻む姿に驚愕。同時に右手は自由に動き、さらにコーラスもおまかせ。あの姿勢でいったい、あの繊細でシャープな音がどうやって生まれるのか・・。どうなってるんだろうか、外山さんて。なんかすごい。
「夜のどん帳」は、前に行った「真夏の大人類」で一節きいただけで鳥肌たつくらいうれしかったのが、今回はフルコーラス!ご本人にとってはどうなのかわからないけど、きらきらしていて、やっぱり好きだ。宮沢賢治か、すごく納得した。広がる世界が確かにそんな感じ。
あと、やなちゃんは、「自転車」を「忘れたい曲」として別アレンジで演奏していたが、私はあれ、意外と好きですよ。なんとなく沈んだ仕事帰りとかにあれを聞くと、はっちゃけた何かが森へ行こうよと呼んでるようで。マンドリンも美しいしね。
という感じで、大満足。全部、うれしかった。
しばらく待っていればたぶん、やなちゃんやメンバーが出てきてくれるんだろうなと思ったけど、あえて待たず、近くのコンビニに立ち寄る。
そして、その帰りにもう一度、440の前に行ってみたら、みんなが残っている人たちと、にこにこお話をしていた。
大人になってからも、音楽を通じて波長の合う人達と新しい人間関係を築き、それを通じてまた新しい音楽を紡ぎ出していく、希望のようなおじさん4人。
ガラス張りで、暖かい光に満たされたライブハウスは、マッチ売りの少女的に中があたたかく幸福に見えて、私もそのままの気分でホテルへと帰った。
5回全部行くと、ヤナマイルがたまってなにやらいいことがあるそうで、ぜひ達成したいが全く無理。また次の、夢みたいな夜に期待しておく。

2010年

2010年は、青森に新幹線がやってくるという信じられない年だ。
まだ未来だと思ってたのに、もう今年である。もうちょっと意識して月日を過ごしたい・・・
新幹線の駅は私の家ととても近い。
「東京に、ライブ観に行ってくるね!」といって、バス停にいく気軽さでそのまま行けるなんて、残る問題は金銭的な壁のみ。

振り返ると、去年は、ちょっと腹をくくった年だったかなと思う。

その結果、悪いことはたぶんひとつも起きなかった。と思う。

だから、今年もそのまま、そっちへ加速していきたいなと思う。

mixiの対象年齢が下がったおかげで、娘もmixiに参加可能な年齢に。
モバゲーや、アメブロなど、お友達のブログ活動は様々あるところを、彼女は、まずmixiを選んだ。
石橋叩き的な性格として納得がいく。
でも、18歳未満は、コミュニティは見ることもできないのね。参加して子供がいろいろ書いたり書かれたりするのは事件の元だから困るけど、「コミュの閲覧のみ」とか、許可するわけにはいかないものか。せっかくmixiに入ってきても、コミュニティが見られないのでは意味がない気が。
そのくせ、誰からでもマイミク申請は受けられちゃうのだから、「子供を守る仕組み」としてなら片手落ちだ。
「閲覧のみ可」にするのは、システム的に改変が面倒そうな予感がするので、どうせ、年齢詐称すればクリアできちゃう程度のモノなんだから、見たい人は詐称せよということか?
高校では、mixiもMySpaceも、全部まとめて「危ないから近寄らないこと!」と指導されているそうだが、渡り方のひとつも知らない橋が渡れるはずもない。生徒も先生もそれは同じ。
これから先、遠ざけるだけでは絶対だめなのにね。
と、なんとかIT委員会(名前知らないけど、テレビで、危険なIT社会から子どもたちを守る会議をいつだったかやってたアレ)に言ってやりたい。
ぶつぶつ。
そんな2010年のはじまり。