Archive for 6 月, 2010

Twitterのこと2

Twitterの利用者は、どんどん増えているみたいだ。
私をフォロー(私の書いている内容をいつも見る設定をすること?でいいのかな)してくる人をみていると、半分は、アフィリエイトとか、そういう商売っぽい目的の人だと思う。
あとは、「私はITコンサルタントです」みたいな人とか。
キーワードで自動フォローして、こちらがフォローしかえさなかったらリムーブ(フォローをやめる)する、というプログラムもあるらしいから、別に私をねらってしてきているのではないんだろうな。

そういう人は、自分が書いた有益なブログの記事へのリンクをはって、「○○をこうするには?その答えを書きました」とか、そういう思わせぶりなツイート(前はつぶやき、といってたね)したり。
あとは、「私は過去に、こういう会社と、こういう案件をやったことがあります。」みたいな経験を語ったり。
それから、「お客様にこのようにすすめてきた○○がようやく実りました。胸を熱くして、さらにいっそう頑張ろうと決意を新たにしています。」みたいな、延々、決意表明とか。
正直言って、かなりうっとおしい。

だから、フォローすることは、ない。フォローされたら一度は見に行くけど。
面識があって、こちらが応援している人なら決意表明されても、自慢話(自分の経験を聞かれてないのに話すのって、そういうとこあると思う)されても、そうなんだ、頑張ってねと思えるのでまあいいが、どこのだれかわからない人だとちょっと。

Twitterを「よおし、知名度アップに活用するぞー!」と意気込んでいる感じって、文章が短いだけに、ダイレクトに伝わる。やめたほうがいいと思う。

といってる私のツイートは、ほとんどが完全にひとりごとだったり、あるいは、グチだったりだ。
例えば、義母に付き添って病院いったけど、待ち時間長すぎ、とか。ヤなこと言われた、うぇぇん(><)とか。そんなもん。
たまぁに、グチグチグチいいたくなったときは、長くなることもあって、それは申し訳ないけど、そういうときもあるよね、っていう・・
完全に個人利用。
そういうのどかさに気付いたときに、ツイッター、面白くなっていたのだけど、最近、↑みたいなタイプが多かったりして、ちょっとなあと思う。

あとこれは、自分がフォローしていった責任もあるのだけど、
何かの最新情報や、大事な動向について論じるツイートとかが増えすぎて、情報過多でおぼれそうになってきた。
そういうとき「リスト」という便利な機能もあるのだが、一回やったことあるけど、私の場合、ぱっと開いて目に入らないのは無いも同然らしくて、全然チェックしなくなってしまった。
なんか、うまくやりたいものだ。

私は、遠くで普通に日常送ってる人が、ふとなんかしゃべってる、っていうツイートが、好きだ。
ブログの文章、長くて読みづらくて、自分でいやになったので、せめて行間をあけようと心掛けた巻。

iPadの個人的な話

iPadが、なんだかすごい騒ぎになって・・いるんだろう、たぶん。
Twitterやブログだけでなく、テレビやYahoo!のニュースにも話題になっているので。
でも、私の周りにはまだ、ソレは、やってきていない。2010年6月7日現在。
私自身は正直、特に欲しいとも欲しくないとも思わない。
iPhoneで十分、満足しているということもあり、私の想像力不足も手伝って、使い道が思い当たらない。
といいつつ、数ヵ月後に買っている可能性も、否定はできないけどw
テレビで、家庭に親用と子供用、1つずつiPadを買って、子供は動画やゲームに夢中、親はレシピをチェックみたいなシーンをみたが、それは別にiPadじゃなくてもいいし、もっといえば動画やゲーム、レシピがなくても、根本的に困らない気がするし、やっぱりあれは、必要十分を大きく超えた便利品だという印象を深めることにしかならなかった。
もっともあれは、あの例が激しくいまいちだったんだと思うが。
iPadの活用として「家庭」を想定するとああなってしまうけれど、そうじゃなくて「ビジネス利用」という点では、確かに利用価値がありそうだ。
いろんな人が言っているように、お客様へのプレゼンには、確かに効果が高そう。
それに、これまで仕事でPCを持ち出してきた人にとっての、ウェブやメールのチェックを手軽に快適に行える「また新しいモノ」としての魅力。
自分の購買欲とは別に、そこはわかる。
そんな中、インターフェースが素晴らしいので高齢者にベスト、という話も出てきているようだ。
私は、でもこれは個人的には、どうかな?と思う。
なぜなら、これまで身の回りや仕事上の付き合いでパソコンを利用したがった高齢者の目標は、「パソコンを使えるようになること」だったから。
お茶の作法を覚えるように、パソコンを使いたい。そういう欲求が、お年寄りの中に「パソコン」という趣味分野を作りだした。
だから、極端な話、あんまりカンタンなばかりでもダメな気がする。乗り越えるべきヤマが、適度に必要なのだ。
さらに、「写真の印刷」の魅力が、パソコンを使う大きな動機になっている人が多いので、これもネックだ。
「いつでも手軽に観られるから、印刷なんかしなくていいんだよ」
と、言いたいところなんだけど・・
孫の写真は、なんてったって印刷して、アルバムにはったり、額に入れて飾ったり、手帳にはさみこんだり、したいったら、したいのである。
(でも、この点はもうしばらくしたら、解消されるかもしれない?)
いや!
いつまでも年寄りだからって、そういうとらえかたをするから、
その先にある、ネットの本当の利便性に手が届かないのだ、という見方もあるかもしれない。
でも、それは、「年を取る」という本質に、関わってくると想像する。
年をとればとるほど、本当に知りたいことってネットなんかに載っていないという、現実。
むしろ、特に何も知りたくない、新しいものに目を向けたくもない自分への、諦め。
迷惑メールでもいいから、週に数件はメールを受信したいと思う、心。
「操作を覚える」という面倒さが、さまざまなものを直視することから目をそむけさせてくれ、ひとつの達成感が得られる。
それが、まさに「趣味」では。
もちろん、本質と向き合うパワー満点!な方は、どんどん進んでいただいていいのだが、
そういう人ってすでにパソコンを使いこなしていて、あんまり「iPadを高齢者に」というターゲットにはなってない気がしている。
そんなことを、ぼんやり考えていた。
波打ち際で、時折「老い」に、じゃぶんと足を洗われてる感覚のすでにある、自分として・・

「ゲゲゲの女房」にはまる

タイトル通り。
いつだったか、土曜日にBSでまとめて観て以来、毎朝か毎昼に観るようになった。
今週は、貧乏の底がみえたところに赤ちゃんが生まれた週。
自分の世界を大事にして、ひとりもくもくとしているだんなさんと、どう関わっていくか手探りしている奥さん。
なんか身につまされるエピソードがいろいろあって、思い出すことが多い。
時は高度成長期。世の中の人が車や冷蔵庫やテレビを手に入れ始め、ファミリーらしい過ごし方の理想が形になったのもこのころなのかもしれない。
お父さんは稼いできて、おかあさんはそれを補助し、二人の子供、家族でご飯を食べ、お風呂に入り、たまの休みに旅行へ出かけ・・
今もテレビで、「ゴールデンウィーク、お父さんががんばるときになりましたね」とかって、定番コメント言う人もいるよね。
でも、イメージとしてそうなだけで、実際は、そこにはまらない人だってたくさんいるはず。
実際、そういうコメントが皮肉に聞こえるくらい、どうしていいかわからない時期も私はかつてあった。
だけど結婚したら、ちゃんと上手に「家庭人」へシフトする男ばかりではないし、それが最良とも限らない。
人には人の、暮らし方があって、相いれればそれでいい。
結婚してこれだけ経ってきたから、今はそう思う。
結婚をやめそうだったときもあるので、なおさら。
けれど、そこに至るまでは、ほんとに大変なのよねえ。
でも、単に変わっただんなさんってだけでもなく、水木さんはそれがお金になっていくからいいじゃないねえ?
それにほら、ちゃんと、いい感じのフォロー入れてくれるところもイイ男じゃん?
て感じでテレビに話しかけながら、毎日、楽しい15分を過ごしている。
来週は、赤ちゃんとの暮らしが始まるのか。楽しみだなー。