Array ( [0] => 12 [1] => 14 [2] => 13 [3] => 1 [4] => 17 [5] => 16 [6] => 11 [7] => 15 ) Fairground_vol.7 » 「心が折れてしまいました」

「心が折れてしまいました」

折れた、折れそうになった などバリエーションがあるが、しばらく前から気になっていたこの表現。気になっている人はいっぱいいるみたいで、ふと検索したら、「由来はなんですか」とか、その他諸々ヒットした。

もとは格闘技で使われたとか・・腕は折られても心が折れなければ大丈夫、みたいなことで。
この、「心が折れる」という言葉に対する、違和感というか、なんというか、なんだろうな。自分でもわからん。

傷つく、無力感を覚える、絶望する・・。マンガのシーンだったら、主人公の背中にひゅ~・・と風が吹いて、中心に吸い込まれるブラックホールみたいな渦が描かれる感じ・・?。
「心」が「折れる」という言葉の組み合わせが、ものすごい致命傷を感じさせる、からなんだろうか、どことなく、むずむずする。

ときどき、ネガティブな雰囲気の書き込みやブログの文章でコレを読むと、私の場合、その文章の主旨はともかくとして、ココにひっかかってしまうわけですよ。
少なくとも、10年前はなかったと思う。この表現。
しかも、切迫感は後者の方が高いのに、
「その状況に、私は傷つきました」とは、なかなか書きにくいよね、おそらく。(そうでもない?私だけ?)
「その状況に、心が折れてしまいました」のほうが、書きやすい気がする。
・・・なんでだ?

今、これを書きながら思ったんだけど、

一般的に「私は傷ついた」の場合は、「私は」であって「私の心は」とは、わざわざ書かない。
「あ、今傷ついた」といえば、それは物理的に傷ついたのではなく「心が」傷ついたのだろうと、相手は自然に推測する。「私」が残り、「心」は省略可。

でも「心が折れた」の場合、「私は」を残すと、「私は折れた」で意味合い的にちょっとおかしい。「心」は省略不可だ。
コレって、日常会話ではなかなか言い表し難い「心」の状態を、「私が」という自己主張をオブラートに包み、かつはっきり言い表せる、珍しい言い回しではないかしら。

何が折れた?私じゃない。私じゃないのよ!(誰)
心が。

・・・・

「とても辛い状態にある」という現実を、口に出さずにはいられない人がそれだけ増えている、ということなんだろうか。

※ああ、コメント書くときに上に出る、怪しいソース表示、まだ直してませんね、ごめんなさい・・

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