余生の使い道

このところ、政治で何かが決まったり、国で何かがはじまることになったりしたことに、ナンダ?そりゃ?と思うことが増えたのは、・・政治家の質が悪くなったってことでは・・・ないんだろうねえ?
昔からそんなもんだったのかな?
たぶん私が、高校出て以来、大学行き続けて働き続けて結婚し続けて子供を育て続けてと、いろんな面で「維持」に全力を注いでいて手一杯だったから、気が付いていなかっただけか。
最近、介護の問題とか、仕事や体調不安定でリアルに自分のちょっと先を想定したりして開き直り、ふと世の中に再び目をむけてみたら、視野に入ったことがいろいろ。なんで?・・なんで?・・えーっ!なんでー?の連続。
制度は利用するヒトの身になっていない。なんだかあてずっぽうで勝手に変わる。どの分野にしても、本当に困っているヒトの声は、本当に困っている故にか細く、どこにも反映されないまま消えていく。

私は私なりに、今まで生きてきた何らかの蓄積はあるはずなので、ちゃんと足をつけて、身近な誰かに、ちゃんと役に立てる働き(仕事というか、働き)をしたいと、思うようになってきた。
子育ても終わりにさしかかり、あとどのくらいあるか不明な余生、(本来、人生を35年とした場合)どう使おうか、考える暇があるというのはありがたいことだね。

「奥さん」の確定申告

先日、確定申告を終えた。
今回はけっこう前から準備してたので大丈夫だった(日々こつこつやればもっと大丈夫なのはわかってるんだけど、なかなか)。
私は個人事業主だけど、夫がサラリーマンなので、税金的&社会保険的に近年、微妙。
私の立ち位置の「奥さん」がたぶんあまりいないせいか、夫の会社の経理担当者の処理もなにやら「?」で、おととしあたりからこちらも、前以上にいろいろ知っておく努力をしている。ネットで検索するとこういうヒトは結構いるらしいのだけど、夫の会社でレアケースだと、要注意です。アレ?と思ったらまかせちゃわないほうがいいみたいよ。
「奥さん」でも、青色申告はできるし、年金と、社会保険と、続き柄は別モノだ。
本来、国民年金の第3号被保険者、国民年金の第1号被保険者、それぞれ、特に金銭面ではメリット・デメリットがあって、それは好んでなったりならなかったりっていうよりは、立場が変わってきたらそれに合わせてそうなる、という性質のもの(と私は思ってる)。
とはいえ、金額的負担に差があると、ちょっとでも有利にと考えるのは人情で・・・
でも、ここで金額的負担に差があるのを優先するのと、現状とこれからに合わせて立場を変えていくのとどっちがいいんだろうか、なんて考えるのも、「奥さん」ならでは。
国民年金第1号被保険者だからできる、いろんなこともあるし。
そういう立場だから、アンテナをはっていろいろ調べていると、知らないことの恐ろしさというか、損を思い知る。知る機会が得られてよかったな。

本と雑誌いろいろ

もともと、本と雑誌はそれほど悩まずに購入する方なのだが、ここ数日、ストレスたまってたせいか、なおさら・・
たまに、ご紹介。

まず、これ。 家電批評 増刊 PC批評 2010年 02月号 [雑誌]

↑Windows7をまだ手にしていないので、そのへんを知りたいなと思ったのが手に取ったきっかけだったけど、そもそもノートPCにそそられるタイプなので、CULVのスペックがどのくらいなものなのかとか、今お買い得とされるA4ノートってどのくらいなもんなのかとか、とにかく読むところがいっぱいある。
しかし、買うつもりなどなかったのに欲しくなるものが多すぎるのでまずいかも。

そしてこれ。 体脂肪計タニタの社員食堂 ~500kcalのまんぷく定食~

ちょうど、義母のごはん・体調をくずしがちな娘のごはん・だんだん加齢していくわたしたちのごはん、と、ごはんのことを考える機会が増えてきたので、目に付いた。
体重計のタニタの社員食堂の、500kcalの定食メニュー集。食堂担当の方からの、素朴なメッセージからはじまり、食堂を利用している人たちの実際の声が巻頭にあって、なんかやる気が出る。
最近、ナチュラル系装丁の本はやたらと多いが、傾向としてはそっち。だけど中身は、ナチュラル系Cafeメニューではなくて、もっと実直な「ごはんの献立」で、いい感じ。えのきや、チンゲン菜など、あまりがちな素材をどうするか、ちょっとメモなんかあったりして、実用的かつ、かわいい。

で、海猫ツリーハウス

私はペンギン好きなので歓迎なんだけど、どうして表紙はペンギンなんだろう?と思う。ウミネコのヒナ?と改めて眺めたが、どうみてもペンギンだよね。
なんといっても、セリフが南部弁なのが特徴的。青森のコトバというと、津軽弁、そして松山ケンイチのおかげで下北弁が多少知られたと思うが、脚光のあたりにくい南部弁が今ここに。
私はこの舞台・八戸出身で、津軽に来てからのほうが長くなってしまったけど、それでも「いが」に「おまえ」をルビが振ってあったりして、感慨を覚えた。いが、ねえ。
軽くて重くて、軽い。普遍的なものも感じる。

あと、 マンボウ家の思い出旅行

小学校から中学にかけて、大ファンといってよかった北杜夫。82才で、うちの父と同じ年ということもあり、近年それも親近感を覚えている。
ほんとに私が小学校のころとかは、今の東野圭吾とかみたいに、新聞に大きく新刊の広告が出るような作家だった。同時期くらいな作家がどんどん他界する中、まだマンボウをうたっていてくれて、うれしい。内容は、何度も読んだような松本高校時代や冒険?時代の思い出話。なんだけど、中身が云々より、書いて出てることが、うれしい。

はじめて買ってみたこんなの。 日経マネー 2010年 03月号 [雑誌]

「あなたもコレで確定申告名人★」というコトバがぴかっと。それもそうだが、最近、ある仕事でお金にまつわることをあれこれしているので、より一歩近づいてみようという、最近の試みである。
生島ヒロシは、こんな世界で活躍しているとは聞いていたけど、写真を久しぶりにみた。確かに裕福そうだ・・

他にもいろいろあるけど、ひとつくらいはWEBの本を・・ XHTML&CSS超高速コーディング術

ついったーで話題になってたのが本屋で売ってたので買ってみた。私は制作をチームで行ったことがない(分業はあるけど)ので、数人以上のコーダーで仕事するときは、こうやってるんだなーとか、この会社ではテンプレートこうしてるんだ、へー、と・・。
「牧野工房の場合はこうだ!」ということがきちきちと書いてあって、興味深い。今現在は、コーディングだけ受けることはほとんどないけど、なんかこれからまたコードって大事そうな予感がする。

とりあえず今日は、タニタのお料理本のひと口メモにあったので、余ったえのきは、ゆがいて冷凍することにしよう。

しばらく放置していた間に、いろいろなことが起こった。

もともと体調を崩している義父母の介護の問題が、にわかに現実味を帯びてきた。
もちろんプライベートな話なので、詳しくは書かないのだが・・・

うちは、私がそうしたいといったわけでもなく、最初から義父母とは違う、少し離れた場所に家を建てるよう準備されていて。
それからまあいろんなことがあって、彼らとは特に親しくすることもなく、いがみあうこともなく。たぶん、「関係を持たないことで関係を維持する」ような、微妙な間柄だった。
夫と私に様々な嵐があったときは、実は彼らがコトのカギを握っていて・・・、その一度だけ、私ははっきり、彼らにぶつかりにいった。
しかし、あちらは受けて立つことは、最後まで無く。亀裂は埋まらず、広がりもせず。
その後、電話などで普通に会話が成立するようになるまでには、3年くらいかかった。

それからはますます、無関係な嫁と舅姑であることが、平和の元。

今、必要があって病院へいっしょにいけば、私は嫁で、あちらは姑。
医者も、看護師もケアマネージャーも、私に話しかけてくるが、私は、返すほど、彼女の情報を持たない。同居してないし、よく知らない、と説明すると、今こそよく知り、同居すべきだと思わないか、暗に問われる。

正直、本当にそれが必要なら、私は構わないのだ。
(認知症状が少ないというのも、構わない理由。それがあったらもっと悩む、というか別な対策を考えると思う)
関係が硬化した時期もあったというのに、そういう自分が不思議なくらい、私は今、別に、悪い感情を舅姑に抱いていない。
どうしてか自分でも不思議で少し考えてみたのだが、つまり、ケアを業務にしているヒトと同じ感覚なのではないかと思う。ようは、そのくらい知らないし、他人なのだ。
仕事を犠牲にして駆け回っても、やれやれなんであたしがと、思わないのは頑張ってるからではなくて、なんかそれが役割だという割り切りが私の中にあるから。

しかし、それが相互であればいいのだが、あちらはそうでもないらしいことが、やはりだんだん如実に感じられてくる。
当然だ。こっちは、切り込んでいく側だから痛まないが、あっちはこれまで好きに暮らしてきた生活に、他人である嫁に正しさ(医者のああしろこうしろを、嫁はいうこと聞かせようと、するわけ)を片手に切り込まれて、たぶんひりひりしているに違いない。
嫁なのだ、嫁。

いくつかのエピソードを経て・・・

私は、今、黙っていることを頑張っている。
たぶんあれがないから買わなくちゃとか、これを準備したほうがいいのでは、と、察しがつくことがいくらもあってつらいけど、それを、嫁がやることを、姑はおそらく喜んでいない。こちらがそれを、ひりひりと感じるようになった。お互いの摩擦で、あちらのカラダにもストレスのひびが入る。
私は、彼女と真っ向からぶつかることができない。だから、私は黙っていることに頑張っている。

その場合、彼女がどうするか想像するに、もしかしたら無理して自力で買物に行くかもしれない。
それが今この状況で、彼女にとってマイナスなことは私は120%わかっていて、彼女もたぶん、わかっている、が認めない。

認めない。私はできる。私が何とかできる。私が出来る範囲で、なんとかする。
今、その気持ちを遮って、医者の言う正しい選択を促すのは、私の仕事ではない気がする。
それをする権利と義務があるのは、血のつながった可愛い息子ただ一人。


東京・横浜へ旅行に(3)

横浜の黄金町にホテルをとったのだが、それには少しだけ理由があった。

高校時代、人との交流が苦手で、ギターを弾いて歌ったり、音楽やラジオを聞いたり、本を読んでばかりいた暗~い私は、ラジオで稲葉喜美子というシンガーソングライターのライブを聴いて、衝撃をうけた。
それは、これまでになく、暗い歌の数々だったのだ。
中島みゆきなど、暗さの代名詞は他にもあったけど、フォークソング的暗さとはまた違う。
声自体の湿り気が、曲調や、アレンジ、歌詞、すべてを巻き込んで、暗~いにぶい光を放っているみたいだった。
その話を部活の同級生にしたら、「あ~、あの、猫と住んでるとかいってた暗いやつね、あれ、おかしいよね!あたしはキライ」といわれて、ますます口に出しにくくはなったが、一度でもいいから、ライブを聴いてみたい!と思っていた。アルバムも聴いたが、そのラジオのライブが断然すごかったから。

でも、その後、活動をやめてしまったので、もうライブは聴けない。
稲葉喜美子の歌のモチーフは、どれも横浜だった。そして、中でも「日の出町ブルース」は、群を抜いて暗オーラを放っていた。
なんだろうコレは?と、私は、歌詞の意味や背景をあれこれと、理解しては驚いたり、落ち込んだり、したものだ。
日の出町、黄金町と、歴史を検索すれば、今の時代ならネットでいろんなことがわかるだろう。でも、当時は、本を読んで探っていくほかなかったのだ。親にも聞けないしね。

そういうわけで、別に当時を知れなくてもいいから、そのはじっこに、一泊するのもいいんじゃないかと、選んだのが黄金町だった。

日の出町には、京急線でひと駅。

別に何をするわけじゃないけれど、JRAに向かう、競馬新聞を読み込む忙しそうなおじさんたちに混じって、娘と私も駅外へ。
川沿いを歩いて、看板の説明をときにしながら何気なく景色を写真にとって、駅へ戻り、横浜方面・つまり帰る方向へ。

たったそれだけなんだけど、行ってよかった。しかも、あの歌を聴いたのと同じ年頃になった娘と二人で。
これでやっとあの得体のしれない憧れも、おしまいかもしれない。

書いた以外にも中華街いったり、それなりにいろんなことあったんだけど、特に書き留めたかったことはこのくらい。

一生懸命働いて、また、旅行にいくよー!


東京・横浜へ旅行に(2)

2日目のメインは、八景島シーパラダイスだ。

あの、私の好きな「野ブタ。をプロデュース」で美しい撮影場所となった八景島の大水槽がみたい。(そんな理由がきっかけ)

横浜は20年くらい前に一度訪れたが、当時は何もなかったし何もしなかった(お金がなかった)。
だから、実質はじめてのようなもの。勝手がわからず、かなり緊張したが、すべてにおいてiPhoneくんが役に立ってくれた。

そう、今回の旅行は、iPhoneなしでは成立しなかったかもしれない・・。もちろん、以前なら調べ倒して、地図を片手になんとかしただろうが、検索も地図も路線調べ・時刻表も、全部を一個で済ませられる、夢アイテムだね、iPhoneて。

そんなわけで、乗り継ぎ乗り継ぎ、八景島シーパラダイスへ。
よく晴れていて、まったくこれは冬じゃない。春だよ、春。静かな海はどこまでも青く、やわらかなクラゲがふわふわしていて、日差しも穏やか。今、青森に大雪警報が出ているなんて、日本は長すぎる。

念願の大水槽を見た。その中には、キラキラとひらめく大群のいわしが。いわしを丸く固めて動かすために、後ろにサメが放たれているというすごい光景ではあるのだが、美しい。
ひとつひとつの展示を食い入るように見すぎて目がくらくらするくらい。
おみやげやさん見物や、イルカショーもちらっとみて、シロイルカのいる別棟へ。

ひとによって、「シロイルカしかいなかった・・」と不満の残る方もいるようだが、私はそんなことなかった。
予備知識がなかったので、あんなに大きいとは知らなかった。
巨大なシロイルカ。顔に注目すると、確かにイルカだ。そして笑っている。
餌を持ったダイバーと、あざらしがやってきて、シロイルカのまわりを泳ぐ。シロイルカはときどき口をあけて、差し出されるお魚を食べる。
くるくると泳ぎ回る人と、あざらしと、シロイルカ。なんかずーっと見ていたくなるような光景だった。
雨の日の動物園が好きなコが出てくる、学研の読み物特集号のお話があったが、私も雨の日の水族館にきて、水槽の脇で時間を考えずに過ごしてみたいと思った。

ここでも、動画も撮れるiPhoneくん、大活躍。

それから、予定より少し遅く、ホテルへ入る。
ホテルは、横浜・黄金町のビジネスホテル。


東京・横浜へ旅行に(1)

元「たま」の柳原陽一郎、今年はデビュー20周年ということで、1月から5回連続、これまでの全曲歌うライブがある。

その1回目は1月9日。私にしてはちょっと頑張ってネットで取得した。2枚。
親の聴くものは何でも聴かせてきて、だんだん自分のアンテナもはりつつある娘だが、そんな彼女、「たま」も結構お気に入り。
もうないかもしれない、たま時代のやなちゃんの歌を聴くチャンス。
ということで、やなちゃんライブをきっかけに、娘と2人の2泊3日の旅行が成立した。

ライブハウスの場所は下北沢(下北沢440)なのだけど、駅と近くて不安のない高円寺のホテルをとってあったので、東京についたらまっすぐ吉祥寺方向へ。吉祥寺はなんとなく3回目になるので、だんだんわかってきた。そういう場所があるのって、なんかちがうもんだ。

吉祥寺から、娘もぜひ連れていきたかった、西荻窪の雑貨屋さん「ニヒル牛」に寄った。前とは違ってお客さんが楽しそうにお話してて、お店はますますあったか、ほかほか。
下北沢についたのは17時過ぎだった。いつもどうなのかわからないのだけど、若者がたくさんいた。連休で人が多かったのかな?。がやがやがやがや。混沌としていて、みんな声が大きくざわざわ。

ライブハウスをみつけたので、ライブ前にゴハンを食べる。お昼はちょっと探したが、今回はお腹を満たす目的で何も迷わずココイチで。

その後ライブハウスに戻ってしばらく待った。お店の人は何度も出てきて、番号順に並ぶことなどを、結構神経質に訴える。予想より立ち見が出たのかしら。順番はそれほどよくない。席も無理せず、中頃に座る。
やなちゃんは、前回同様、最初はわりと堅苦しい。きれいな敬語で大人のあいさつ。曲が進むに連れて、だんだんほぐれてきた感じだった。セットリストは他にまかせるとして、私が聞きたかった「満月ブギ」が2曲目。うれしい。聴き慣れたベースラインが奏でられたときは、娘に喜びの視線を送った。

全曲ライブの最初期という貴重な回だし、私はやなちゃんのライブ自体2回目なので、どれも全部が素晴らしかったんだけど、他の人のレポもちょっと見たところやっぱり素晴らしかったみたいで、ほっとした。
前に行ったのはもっとジャズセッション寄りで、アレンジもそういう雰囲気だったが、今回は、「たま」をちゃんと基板に置いて演奏もコーラスもしてくれていて、そこも、私みたいなファンにはうれしかった。ギターは、かなり華やかな色合いだったけど、それはそれですてき。

あ、「お経」は、もともとジャズだったんだなあという気がした。なんかすごい曲。
それから、パーカッションの外山さんの、カウベルを片手で持って、それを片手の指ではじいて16ビートを刻む姿に驚愕。同時に右手は自由に動き、さらにコーラスもおまかせ。あの姿勢でいったい、あの繊細でシャープな音がどうやって生まれるのか・・。どうなってるんだろうか、外山さんて。なんかすごい。
「夜のどん帳」は、前に行った「真夏の大人類」で一節きいただけで鳥肌たつくらいうれしかったのが、今回はフルコーラス!ご本人にとってはどうなのかわからないけど、きらきらしていて、やっぱり好きだ。宮沢賢治か、すごく納得した。広がる世界が確かにそんな感じ。
あと、やなちゃんは、「自転車」を「忘れたい曲」として別アレンジで演奏していたが、私はあれ、意外と好きですよ。なんとなく沈んだ仕事帰りとかにあれを聞くと、はっちゃけた何かが森へ行こうよと呼んでるようで。マンドリンも美しいしね。

という感じで、大満足。全部、うれしかった。

しばらく待っていればたぶん、やなちゃんやメンバーが出てきてくれるんだろうなと思ったけど、あえて待たず、近くのコンビニに立ち寄る。
そして、その帰りにもう一度、440の前に行ってみたら、みんなが残っている人たちと、にこにこお話をしていた。
大人になってからも、音楽を通じて波長の合う人達と新しい人間関係を築き、それを通じてまた新しい音楽を紡ぎ出していく、希望のようなおじさん4人。
ガラス張りで、暖かい光に満たされたライブハウスは、マッチ売りの少女的に中があたたかく幸福に見えて、私もそのままの気分でホテルへと帰った。

5回全部行くと、ヤナマイルがたまってなにやらいいことがあるそうで、ぜひ達成したいが全く無理。また次の、夢みたいな夜に期待しておく。

2010年

2010年は、青森に新幹線がやってくるという信じられない年だ。
まだ未来だと思ってたのに、もう今年である。もうちょっと意識して月日を過ごしたい・・・
新幹線の駅は私の家ととても近い。
「東京に、ライブ観に行ってくるね!」といって、バス停にいく気軽さでそのまま行けるなんて、残る問題は金銭的な壁のみ。


振り返ると、去年は、ちょっと腹をくくった年だったかなと思う。

その結果、悪いことはたぶんひとつも起きなかった。と思う。


だから、今年もそのまま、そっちへ加速していきたいなと思う。


mixiの対象年齢が下がったおかげで、娘もmixiに参加可能な年齢に。
モバゲーや、アメブロなど、お友達のブログ活動は様々あるところを、彼女は、まずmixiを選んだ。

石橋叩き的な性格として納得がいく。
でも、18歳未満は、コミュニティは見ることもできないのね。参加して子供がいろいろ書いたり書かれたりするのは事件の元だから困るけど、「コミュの閲覧のみ」とか、許可するわけにはいかないものか。せっかくmixiに入ってきても、コミュニティが見られないのでは意味がない気が。
そのくせ、誰からでもマイミク申請は受けられちゃうのだから、「子供を守る仕組み」としてなら片手落ちだ。

「閲覧のみ可」にするのは、システム的に改変が面倒そうな予感がするので、どうせ、年齢詐称すればクリアできちゃう程度のモノなんだから、見たい人は詐称せよということか?

高校では、mixiもMySpaceも、全部まとめて「危ないから近寄らないこと!」と指導されているそうだが、渡り方のひとつも知らない橋が渡れるはずもない。生徒も先生もそれは同じ。
これから先、遠ざけるだけでは絶対だめなのにね。

と、なんとかIT委員会(名前知らないけど、テレビで、危険なIT社会から子どもたちを守る会議をいつだったかやってたアレ)に言ってやりたい。
ぶつぶつ。
そんな2010年のはじまり。



静かなクリスマス

今年は、クリスマスイブ前日が娘のコンクールの日だったのもあって、まったくクリスマス色のない我が家。
娘は忙しく、ストレスもマックス。ツリーもケーキもプレゼントもサンタも、念頭になし。
親二人はそもそもイベント体質ではなく、マイペースな人たちではあるから、忙しい娘をサポートしつつ、淡々と過ごしてきた。

コンクールが終わり、イブの日。
クラスメイトでひとつ年上の大事なお友達から、手編みのマフラーと手紙をもらったそうだ。
娘、大感激。そりゃそうだわ。
母の編んだマフラーは「マフラー、きらい」のひとことで忘れ去られているが、仕方ない。
部活部活で大丈夫かと思っているけど、そればっかりじゃない信頼関係を築いている証拠だね。よかったよ。

イブの夜は、とりあえずローストチキンとケーキを食べて、私からのささやかなプレゼントを渡した。プレゼントは、
「ケータイやiPodで、ヘッドホンとスピーカーで音楽を聴くためのセット」
ヘッドホンと携帯スピーカーと合わせて、単4電池もセットに入れたのを真っ先に取り出して、
「プレゼントに電池?www」

もちろん翌朝は、マフラーをうれしそうに巻いて学校へ行った。

体調不良につき・・

先週末、体調を崩した。
飲み会のあとだったので、最初は二日酔い?と思ってたのだけれど、ぜんぜん酔うほどに飲んでないしおかしいなと思ってて、それがどんどん激しさを増していった。
あとで検索して、そうそう!と思ったんだけど、二日酔いの頭痛と吐き気が、二日酔いじゃないのに増幅しながら最大限までいって、まる3日続いたような状態。光を見たくない、音に吐き気がする。ふとんかぶってじっとしていたいが、どう減らしても欠かせない家事には、起きる他ない。また寝るとちょっとよくなるけど、10分くらいするとまた元の状態に戻る。なんだよー!これー!って感じ。

頑張って、近所の病院へ行ったらまずCTをとられた。娘は何度もやったけど、私は初めて。
まずはクモ膜下出血が疑われたらしい。でも違ったみたい。写真をみると脳はちゃんとぎゅっと詰まっていて、特に怪しいものはないとのこと。
診断は、片頭痛発作だった。
これまでも頭痛はちょこちょことあって、そのたびバファリンで対処してた。そういえば、1年前くらいにも一度、今ほどではなかったけど頭痛がバファリンでも治らなくて、もっと近所の病院にかけこんだことがあった。あれもそうだったのかも。
数種類の薬をもらい、何でも吐いちゃうので口にできないから点滴してもらって、帰って、薬飲んで寝たら、頭痛はおさまった。
頭が痛くないって、こんなに幸せだったんだ・・・・・と、心の底から感謝した。

たまっていた疲れが一気に出たのと数日間のダメージ、あと、薬のせいで眠いので、最低限の仕事をやりながら、しばらくだらだらと過ごしている。こんなのって久しぶりだなあ。

片頭痛が起きたのはいろんなコトが重なって、だけど、きっかけとなる要因+少量のアルコール+タバコの煙雲&密室の空気の悪さが増幅の根源だと思う。
そんなわけで当分、静かにおうちで過ごします。
なんとなく、自分の生活とか今後とか、見直すいい機会になる気がする。